たった一週間、休んだだけなのにすごく久しぶりに感じる。

沢田くんは私を睨んでいた。
予鈴が鳴ると同時に私の方へと歩いて、すれ違い様に囁く。

普段の沢田くんの声とは違う、低く感情を押し殺しているような声で。



「真白、放課後、屋上に来なよ。」

『……、…うん。』

「………」



獄寺くんは私と目線を合わせるけれど、すぐに逸らした。
沢田くんの後についていき、自分の席へ座る。

京子はそそくさと席へと戻った。

瀬戸さん、及川さん達は楽しそうに私を見て微笑んで、黒谷さんは何かを考えているような表情でじぃっと私を見ていた。



「真白さん……」

『黒谷さん、どう、したの…?』

「……、…言いたいこと、あったの」

『言いたい、こと………?』

「そう……」

『黒谷、さん……?』

「………このまま」

『……?』

「このまま学校に来なければよかったのにね」

『………!』



黒谷さんの雰囲気がいつもと違う。
顔を見ても何を考えているのか分からず、何だか怖くなった。



「…気をつけてね」

『……黒谷、さん』



雰囲気はすぐにいつもの彼女のものに戻ったけれど、鼓動が忙しい。

すれ違い様にそっと囁かれた言葉には背筋がゾクリとした。

それはまるで、以前、感じた嫌な視線のように。



「真白、どうかしたのか?」

『あっ、山本くん……』

「身体が痛むのか?」

『だ、大丈夫!なんでも、ないよ!』

「……」



一日の始まりのチャイムが鳴ると教室に先生が来て、出席を確認する。

私はクラスメイトの返事に耳を傾け、放課後の事を考えながら静かに窓の外を眺めた。








迷いなく、真っ直ぐに



「羽依ちゅわ〜ん!!」

『わ……っ!』



お昼休み、私はシャマル先生のいる保健室に顔を出した。

いるかな?と心配しながら扉を開けたら、その瞬間にバッとシャマル先生は飛びついてきた。



『あ、あの…っ』

「羽依ちゃん、会いたかったぜ!」

『シャマル、先生…っ!その、私……っ』

「う〜ん!相変わらずキュートな声だなぁ!一週間ぶりに癒されるぜ…!!」

『え、えっと……っ』

「ん…?何だ?おかしいぞ!少し身体つきが逞しく……」

「シャマル先生、気持ち悪いっス」

「……」

『……シャマル、先生が抱きついてるの、山本くんです』



シャマル先生がぎゅうっと抱きついたのは保健室に先に入った山本くんだった。

ははっと山本くんが笑うとシャマル先生は勢いよく距離を取る。



「何でオレが野郎に抱きつかなきゃいけねぇんだ!鳥肌が立ったじゃねぇか!!」

「嫌な予感がしたからオレが先に入っただけっス!なぁ、真白!」

『う、うん…、飛びついて来るなんて思わなかった……』

「だから危ねぇって言ったろ?」

「危険だとか言ってこのガキに見舞いを阻止されるしよ、踏んだり蹴ったりだぜ!」

「家で二人きりなんて絶対、駄目だって獄寺が言ってたんで」

「おーおー、信用ねぇなぁ。若いもんの方が駄目だろう?羽依ちゃん、こいつに何かされなかったか?急に押し倒されたりー…」

「し、してないっスよ」

「その慌てようはしてないが、実は何かしたいと思ってたな、青少年」

「な……っ」

「はは、冗談だ。これくらいで慌てるなんてまだまだ先は長いぞ」

「なんの話ですか、…ったく」

「しかし、羽依ちゃん…」

『はい…?』

「……」



元気そうでよかった。
シャマル先生はそう言って頭を撫でてくれた。

そして、椅子に座ると真剣な顔で私をジッと見る。

私の顔、何かついてるのかな?



『シャマル、先生…?』

「何があったか聞かないが、その様子なら大丈夫そうだな」

『……うん、大、丈夫!元気、だよ!』

「……」



シャマル先生は安心したように微笑み、いつものウィンクを私に向ける。

もっとゆっくり話したかったけど、ふと時計を見ると昼休みが終わる時間になっていた。



「もうこんな時間か…、戻らねぇと」

『えっ?あ…本当だ…。そろそろ、教室に戻らなきゃ』

「また放課後にでも顔を出してくれよ!オジさん、首を長くして待ってるからな」

『あ…、う、うん!放課後、来れたら来るね…』

「約束だぜ!……と、あぁ、そうだ。お前さん、山本だったっけか」

「なんスか?」

「一緒にいるだけじゃ愛は伝わらないぜ。のんびり屋さんには特にな」

「えっ!?」

『あ、い……?』

「恋愛の好きって事だぜ、羽依ちゃん」

『恋、愛?』

「あーっ!いいから、行こうぜ!授業、始まるし!」

『え……、わぁ…っ!?』



山本くんにぐいぐいと背中を押されて、保健室を出る。
後ろを見るとシャマル先生がヒラヒラと手を振っていた。

慌しく出た保健室を後にして教室へと向かっていると、山本くんは何故か気まずそうに視線を斜めに逸らしている。



「……」

『………?』



さっき、シャマル先生が言ってたことを気にしてるのかな?

恋愛の好き。
一緒にいるだけじゃ、伝わらない、か。

あれ…?

ということは……



『山本くんって好きな人いるの?』

「なっ!」

『あ…、当たった…?』

「………それについては、ノーコメント。」

『照れて、る?』

「う……」



心なしか、ほんのりと顔が赤い。

山本くんは照れ隠しにポリポリと頭をかいていた。

山本くんに想われてる子って幸せ者だ、絶対に。



「この話はなしだ、なし!なぁ?」

『………』

「…んな、見るなって!今度な、今度!」

『今度?』

「お前にはオレの気持ち、知って欲しいから。ただ、その…、心の準備がな……」

『山本くん……?』

「あ…、わ、わりぃ!とにかく、今度、教えるって事で!」

『う、うん…、分かった…。』

「じゃあ、教室に戻るか!授業が始まっちまうぜ!」

『あ…っ、私、次の時間、屋上に行こうかなって思ってたの…』

「やっぱり、教室、居づらいのか?」

『ううん、そうじゃなくて…、ただ、風に当たりたいの…』

「そっか、じゃあ、オレもー…」

『……次、数学。』

「え……?」

『山本くん、赤点、取ったって言ってたから、だめ。』

「ははっ、厳しいのなー!んじゃ、何かあったら叫ぶなり何なりしてすぐ呼べよ?」



飛んでってやるからな。
山本くんはそう言って、私の頭を軽く撫で教室に戻った。

私はそのままの足取りで屋上へと向かう。

久々の屋上。
一段、二段と階段を上がって重たいドアを開く。



『あ……』

「……真白羽依」



屋上には先客がいた。
私が扉を開けると気配を感じたのか振り向く。

ふわりと風になびく学ラン、風紀と入った腕章。

そこにいたのは、紛れもなく雲雀先輩。



「ワォ、会いたかったよ。」

『う……』

「丁度、退屈してたところでね」



雲雀先輩は私を見るなり、微笑みを浮かべ武器を構えた。

武器、どこから出したんだろう?
なんて考える間もなく雲雀先輩は私に向かってくる。



『……!』



多少、反応が遅れたけれど、最小限の動きでかわした。

足の怪我は完治した訳じゃないから避けるのが精一杯。



「ふぅん、その足でここまで動けるんだ…」

『……っ』

「本当、楽しめるよ、君」

『私は、楽しくないです…っ』

「ねぇ、君、風紀委員に入りなよ」

『……(話、聞いてない…?)』

「真白羽依、聞いてるのかい」

『聞いてないのは雲雀先輩……』

「まぁ、君に拒否権なんてないけどね」

『……入りたくない、です』

「拒否権はないと言っているだろう」



雲雀先輩は口角を上げて私を見つめる。

そして、もう一度、近づいてくる瞬間、上から声が聞こえると雲雀先輩の動きがピタリと止まった。



「ちゃおっス、雲雀」

「赤ん坊…」

『あっ、リボーンくん…』

「ちゃおっス、羽依!もう元気そうだな」

『うん、元気、だよ!リボーンくんは何でここに…?』

「オレの生徒がここにいるんだ。だから、様子を見に来たんだぞ」

『リボーンくんの、生徒?』

「あぁ、羽依もよく知ってる奴だぞ。」

『私も、知ってる……?』

「あぁ、いつまで経っても成長しねぇ、ダメダメのダメダメな奴だ」

『………』

「羽依、オレはあいつの行動には口出ししねぇ事にしてるんだ」

『……。自分で気がつかないと、成長しない、から?』



私がそう言うとリボーンくんはふっと笑った。

そして、ぴょんと降りて私の前に立つ。



「そうだぞ。人に言われて気がつくんじゃ本当の意味で成長、出来ねぇんだ。何事も考えねぇとな。」

『……うん。分かる、よ。でも…』

「………なんだ?」

『人に言われて気づいても、いいと、思う』

「……」

『それはそれで成長できるチャンスだと思う』

「……。そうだな。んじゃ少し、活を入れてくるか。」



リボーンくんは楽しそうにニヤリと笑った。

二人で笑っていると後ろからすっかり忘れてたあの人の声が割って入る。



「真白羽依、覚悟は出来たよね、…咬み殺す。」

『あ…、雲雀先輩……』

「雲雀、今は羽依を見逃してくんねぇか」

「嫌だよ。僕の獲物だもの」

『えもの……、う…、なんか、いや、だ……』

「今、見逃してくれるならオレの生徒と戦わせてやるぞ」

「……君の生徒ね。強いのかい?」

「これから強くなる予定だぞ。」

「予定?話にならないな、赤ん坊が僕と戦うなら話は別だけどね」

「……考えておいてやる」

「…そう。だったら今日はいいよ。」

『雲雀先輩、リボーンくんとどういう関係なんですか?……えっと、かくしご?』

「……咬み殺すよ」

『じょ、冗談です!じょう、だん…』

「君のは冗談に聞こえないよ。何でも真に受けそうだからね」

『そんなこと、ないです』

「ふっ、どうだか。」



雲雀先輩と話していると、気がつけばリボーンくんの姿はなかった。

雲雀先輩はリボーンくんとの約束を守っているようで攻撃を止め、どこにしまったのか武器を手にしてなかった。



「君、授業に戻りなよ」

『もう少し、ここにいたいんです。雲雀先輩は授業に出なくていいんですか?』

「僕は風紀を正すのが仕事だからね」

『う、うそ、だ……』



私が小さく呟くと聞こえていたのか睨まれちゃった。

視線がちくちくと痛くて少し離れたフェンスへと移動する。

フェンスに背を預けようとしたら、雲雀先輩が止めた。



「ねぇ、真白羽依」

『な、なんですか?まだ何か……』

「そこのフェンス、ネジが緩んでるから危険だよ」

『え……?』

「原因はこの間、君と戦った時にトンファーで衝撃、与えたから…だろうね」

『トンファー…?』

「僕の武器だよ。それでネジが何本か取れてる上、他のも緩んでる。」

『……』

「ついでに錆びてるから壊れるのも時間の問題さ」

『……危ない、ですね』

「修理を頼んだんだけどね。まったく、仕事が遅い奴らには困る。」

『………』



持たれかかろうとしたフェンスを手で触れると確かにグラグラとして危ない。

止めてくれなかったら、フェンスごと落ちてしまっていたかも。



『あの…、ありがとう、ございます…』

「別に君を心配してた訳じゃないよ。」

『え……?』

「君がそこから落ちて死のうが僕に関係ないけど学校で死んだら風紀が乱れるから」

『………(何でそんなに学校に執着してるんだろう…)』

「何、その顔」

『あ…、な、なんでもない……です』

「……まぁ、そういう事だから。落ちて死んで学校の風紀を乱さないでよ」

『だ、大丈夫です。落ちたくらいじゃ死なないですから…』

「ねぇ、ここ、屋上なんだけど。分かってる?」

『分かって、ます。本当に落ちても"私は"平気なんです…』

「……?」



戦闘能力が秀でているけれど一応、普通の人間である雲雀先輩には「翼があるから」なんて言えるはずない。

私は笑って誤魔化して、壊れているフェンスから離れた場所に座ると雲雀先輩もすぐ横に腰を下ろした。



『……?雲雀、先輩…?』

「君、変わってるよね」

『え…、あの、その…、雲雀先輩ほど、じゃ……」

「咬み殺すよ」

『ご、ごめんなさい…!』

「……嘘だよ。」

『へっ?』

「怪我が治るまでは我慢してあげる。赤ん坊とも約束したしね」



とっさに謝った私を見て雲雀先輩はふっと笑う。

寝転んで空を見上げると視界いっぱいに青が広がる。

真っ白い雲が自由気ままに流れてて、頬を撫でる風がとても気持ちいい。

瞳を閉じて私は深呼吸をした。



「……」

『………』

「ねぇ、真白羽依」

『ん………』

「僕以外にやられちゃだめだよ」

『………』

「……聞いてるのかい?」

『……』

「……ワォ、もう寝てるんだ。」

『すー……』

「無防備だね。まったく。」

『……』

「どうなっても、知らないよ…」


***


いつのまにか寝てしまったのか。

妙に暑くて、息苦しくて目が覚めた。



『ん、う……っ!?』



あ、あつい!

我慢が出来なくてガバッと起き上がる。

一体、何でこんなに暑いんだろう?



『あれ…?これは……』



原因は私の顔にまで覆い被さってた風紀の腕章がついた学ランだった。

これは雲雀先輩の…?

かけて、くれたのかな?丁寧に顔まで?

……もしかして、わ、わざと、かな?



『……深く考えるの、よそう』



今、何時だろう?

気になって時計を見てみると、寝たのは一時間くらいだった。

今は休み時間、かな。



『雲雀、先輩?』



きょろきょろと見回すけど姿は見えない。

もう一度、寝転んで空を見ると青ばかり。
さっきはもこもこした雲が浮かんでいたのに一つもない。

今の空を見て思った。

雲雀先輩は自由気ままな、雲みたいだなって。



『……』



後で学ランを返しに行かないと。

でも、雲雀先輩って何年何組かな?

そもそも先輩って呼んでるけど、本当に先輩?
前に言ってた、いつでも好きな学年ってどういう意味なんだろう。

雲雀先輩のことを改めて考えると疑問ばかりが浮かぶ。

考えても考えても疑問ばっかりだった時、屋上の扉が開いた。



『……?雲雀、先輩…?』

「ここにいたのか、真白。」

『あ……!?』

「……」

『さ、笹川、先輩……』

「少し確かめたい事があってな。」

『確かめたい、こと…?』

「あぁ、今日は来ていると聞いたから探していたのだ。」



いつもの笹川先輩とは違う雰囲気。

ビリビリした気迫が押してくる。

立ち上がり笹川先輩を見ると、彼も私から視線を逸らさずに、真っ直ぐと視線を合わす。



「………真白」

『はい……』

「行くぞ」

『え……っ!?』



笹川先輩はグッと拳を握り、素早く私に向かって来た。

その拳は、紛れもなく私に向けられた。



「……っ」

『…ー…ッ!!』



それは、まるでもやもやとした気持ちを振り切るかのように、迷いなく、真っ直ぐに。



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加筆修正
2012/03/11


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