思い出したんだ、私。

一番、最初の気持ちを。

悩んで悩んで、答えを出す時が来た。



…ー…私の答えは








真っ白な気持ち



山本くんと獄寺くんと歩いて帰った夕焼けは暗闇になり月が昇る。
そしてまた太陽が顔を出し、あっという間に朝になった。

これからの事、それと一つ気がかりな事があって考えていた時、約束通りにやって来たのは骸だった。



「羽依、ゆっくり考えられましたか。」

『……うん』

「では、答えを聞かせてくれますか?」

『うん、骸……、私…』

「………」

『私は、やっぱり一緒に行けない。』

「…やはり、そうですが」

『………』

「そう答えると思ってましたよ、羽依」

『骸…』



骸は視線を床に落とした。

だけど、それは一瞬で、すぐ私に瞳を向ける。



「本当に信じられますか?」

『信じられるよ。絶対、また仲良くなれる』

「妬まれ憎まれ、陥れられ……そんなに傷つけられてまで、ですか?」

『……』



骸の雰囲気がいつもと違う。

蒼と赤の瞳は哀しみと怒りのようなものを主張しているかのように感じた。



「…仕方ないですね」

『………?』

「出来れば、君には自分の意思で僕の元に戻って欲しかったんですが…」

『……』

「君が意志を曲げないのであれば、力づくで手に入れることにしましょう」

『………』

「さぁ、手加減はしませんよ」

『む、くろ……』



骸は武器を取り出すと穏やかな雰囲気は一転、荒々しく禍々しいオーラが空間を支配する。

一定の距離を保つけど、骸の武器、三叉の槍は十分に私に届く。

ヒヤリと冷たく硬い槍の先端が私の頬に触れた。



「クフフ、逃げないのですか。」

『骸、聞いて…』

「戯言はもう十分です。さぁ、行きますよ…」

『……』

「………ッ」



手に力を入れると骸は私に素早く三叉槍を振り落とした。

私は避ける事も、逃げる事もせず、その場に立つ。

静かな部屋には空間を切る音と大きな破壊音が響き渡った。



「何故……」

『………』

「……っ」

『……』

「何故、避けようとしないんですか?」

『骸を信じてるから。』

「………」



大きな音がしたのは骸の武器が床を破壊したためだった。

私には傷一つついていない。



「……羽依」

『護ってくれて、ありがとう。』

「何を言っているんですか?僕は今、羽依に攻撃しようとしてるんですよ」

『骸は私を傷つけないよ』

「信じられますか?僕は時と場合によっては君に躊躇なく攻撃しますよ」

『だったら、今の一撃、当ててるよ』

「………」

『信じてる。骸は私を絶対に傷つけない。今までどんな時だって骸は、私や犬、千種に攻撃した事ない』

「……」

『今だって、私を護ってくれるため、だよね…?』

「…………」

『力ずくでも私を並盛から遠のけて、これ以上、傷つかないようにしてくれてるんだよね…?』

「……」

『例え、自分を犠牲にしてでも』

「………羽依」

『…だから、ありがとう』

「……」



骸は誰よりも優しい。

人の汚さ、愚かさ、そういうものを全部、見てきたから"独り"でいる人に敏感で、手を差し伸べられる人。

骸は昔も今も私に問いかけて、優しく導いて教えてくれた。



いつだって始まりをくれたのは骸だった。



『………』



思い出したの。思い出せたの。

私の最初の、気持ち。



「羽依、それが分かっているのなら僕と一緒に来てください。」

『私、骸達のこと大好き。でもね、並盛の皆も大好きなの…。』

「そんなに傷つけられてまで好きと言えますか?」

『うん、言えるよ。どんな事をされたって、沢田くん達は友達、大好きな友達なんだって。』

「………」

『辛くて哀しくて、苦しくて……そんな時、思い出したの。』

「……」

『骸達と一緒にいた優しい思い出…、それと、沢田くん達との楽しい時間を…』

「羽依……」



どんな事をされても、言われても、簡単に人の事を嫌いになんてなれない。

好きという気持ちは消えない。

一時は憎しみや嫌いって感情に支配されるかもしれない。

だけど、奥底にちゃんとある「好き」って気持ちは絶対に消えないの。



彼らの中にもある優しさ、私はちゃんと覚えてる。



『……』



ねぇ、骸…、私、前に進めてるよ。

何にもない時間なんてない。

無駄な時間なんてないの。



『………』



どんな事も意味があるの。

立ち止まって迷っていた時間は少しずつ少しずつ、私を成長させてくれていた。

辛い時に思い出した楽しくて優しい思い出が、私を変えてくれたの。



『悩んで、立ち止まった。』

「……」

『でも……私、ちゃんと笑えたよ』

「………」

『信じてくれる山本くんや獄寺くん…、犬や千種達…』

「……」

「骸がいたから、笑えたの。こうして立ち上がれたの。』

「羽依」

『きっと、これからもちゃんと立っていられるよ』

「………」

『私、骸達の事、本当に好き。大好きで大切…』

「……」

『ずっと一緒にいたいよ。だけど……』

「…………」

『だけど、骸達と一緒に行けない。』

「………」

『ごめん、なさい…』

「……クフフ」

『骸……?』

「クフフ…、クハハ……!!」

『……?』

「まったく、君という人は…、羽依がそこまで決めたなら、もう迷わないでしょう」

『むく、ろ……?』



静かに私の話を聞いてくれていた骸は安心したように笑い私を抱きしめる。

その温もりを受け入れるように私もいつものようにぎゅっと抱きついた。

トクントクンと聞こえる骸の心音に私の音が重なる。



『……』

「そんな顔をしないでください。僕らと行動を取らなくとも永遠の別れではないでしょうに」

『……う、ん』

「黒曜と並盛、距離はあるけれどいつでも会える距離です」

『そう、だよ、ね…。いつでも、会える…』

「えぇ、そうです。落ち着いたら今度、皆で出かけましょう」

『うん……!』

「………、羽依、一つだけ…」

『ん……?』

「一つだけ、忘れないでください」

『骸?』

「離れていても、例え、これから何があったとしても…」

『………』

「僕は君を想っています」

『……む、くろ』

「何よりも、大切な君の、幸せを一番に願っています」

『……』

「………、君の、味方です」

『骸……?』

「……っ」



不意に泣きそうな、切なそうな声で囁かれ、力強く抱きしめられる。

いつもと様子が違う骸に不安が募った。

そんな気持ちを察したのか、骸はハッとして私を顔を見た。



「すみません…。つい力を入れてしまって…」

『む、くろ…』

「羽依…?」

『私も、どんな事があったって信じてる。骸の味方だよ。』

「……」

『骸を信じてる…。大切な、仲間…』

「……クフフ。でしたら、お互い心強いですね。」

『……うん!』

「……」

『………』



ありがとう、骸。

もう一度、始まりをくれて。



『……』



誰かがいなくちゃ自分は自分になれない。

誰かがいるから自分になれる。

一歩、一歩、踏み出すよ。



転んでも立ち上がる。
怪我をしたら休めばいいの。

空を見上げて風に吹かれれば痛みも和らぐ。



『……』



辛くなったら泣けばいい。

思ってる事、誰かに聞いてもらったりすれば心が軽くなる。

言葉に出来ないなら、大切な人を思い出せばいい。

きっと乗り越えられる。



『………』



しっかり泣いたらもう大丈夫、だよね。

歩けるよ。

ちゃんと前を向いて。



***



久しぶりの教室。
扉がやけに大きく見えて立ち止まると、教室からは人の声が聞こえた。

内容までは聞こえないのに、私のことを話しているんじゃないかって思ってしまう。



『……』



まだ、怖い。
不安も恐怖も消えない。

今もまだ警告するかのように体中がドクンドクンと脈を打ってる。



『………』



だけどね、進みたいんだ。

少しでも、ほんの少しだけでも前に。



『………大、丈夫。』



私は思い切って扉を開けた。

外にまで聞こえるくらい騒がしかった教室はしんと静まり返る。

一斉に私を見て、それぞれ小さな声で何かを話しているようだった。



『…ー…っ』



たったそれだけなのに、呼吸が上手く出来ない。

だけど、決めたから、逃げたくない。

教室、クラスメイト、瀬戸さん達。
そして、沢田くんから、もう逃げない。



『……』



ちゃんと向き合うんだ。

出来ないなんて、弱気な事はもう考えない。

やって見なくちゃ、進まなきゃ、何も分からないんだから。



どんな事が起きたって、受け止めるよ、全部、全部。



「真白さん、来たの…?」

「真白、お前、もう大丈夫なのか!?」

「……、真白」

「羽依、あんた、大丈夫なの…!?」

『黒谷、さん…、山本くん、獄寺くん、花ちゃん…』

「真白、来たんだ。」

「……!羽依、ちゃん……」

「やっと来たのね、真白さん。」

「あーあ、最悪。ずっと休んでいればよかったのに」

『沢田、くん…、京子…、それに瀬戸さん、及川さん……』



私を見て、京子は表情を強張らせた。
沢田くんは京子の前に守るように立つ。

瀬戸さんと及川さんは今の状況を楽しんでいるかのように笑ってる。

そんな傍で黒谷さんは居心地が悪そうに視線を逸らして俯いた。



『……』



大丈夫。

涙の後は、もう迷わない。



流した涙はきっときっと綺麗な虹になるんだ。



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加筆修正
2012/03/10


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