「一人で大丈夫ですか」

『うん…、大丈夫、だよ…』

「……」

『本当に平気、だから…、少し一人で考えたい…』 

「そう…、ですか…」

『………』

「……でしたら、一週間後にまた来ます。いいですね?」

『……うん』

「羽依」

『……?な、に?』

「羽依、君を信じていますよ」

『………?』

「では、また」

『……』



骸達が帰ると、先程の雰囲気ががらりと変わり、暗く静かな部屋になった。



『……骸』



何もない時間。

ただただ流れる時間。

自分は立ち止まっているのに時間は進む。

待ってはくれない。

時間は今の状況を変えてはくれない。



『……』



そんな事は分かってる。

分かってるの。

だけど、分からないの。

これからどうしたらいいのか。



『………』



呼吸をする度に胸に重りが一つ一つ増えていくようで息苦しい。

今だけは何もかも忘れたくて、柔らかいベッドに横になると死んだように眠った。








一週間



シャマル先生に一週間は安静にするようにと言われた。

私自身も足が思うように動かせなかったから学校は休む事にした。



『………』



骸達は怪我が落ち着くまで傍にいると言ってくれたけど私は断った。

これからの事を一人で考えたかったら。

骸は納得していなかったようだけど一週間後にまた来ますと言ってくれた。

千種や犬は言葉にしなかったけど、並盛で起こっている事を知っているようで真剣に私を見つめていた。



『……』



一日目。
微熱が続いてベッドの中で休む。

横になるけれど、一向に眠れなくてずっと考えていた。

私はどうしたらいいのか、どうしたいのか。
だけど、ぼんやりとする頭じゃ答えなんて出ない。

答えなんて見つからないのに頭から離れなくて、考えているうちに、いつの間にか眠ってしまい一日が過ぎた。



『………は、ぁ』



二日、三日……四日目だって変わらない。

ベッドの上に寝転んで、窓を見れば窓枠がまるで額縁のように感じた。

鮮やかな青空が絵のように見える。
私はモノクロの世界から外を覗いていた。

手を伸ばせば簡単に手に収まるほどの小さな青空がすぐそこにある。

だけど、眩しくて目を逸らした。



『………』



もう熱は下がった。
足の痛みも段々と和らいできた。

だけど胸の錘は増えていく。

心の奥の鈍い痛みは消えない。



『……はぁ』



今までの事を考えてぐるぐる悩む。
その度にまた胸が痛み出す。

答えなんて出なくて、こんなんじゃもう一度、熱が出てしまいそう。



『……疲れちゃった、な』



薄暗い部屋に私は一人でずっと篭っていた。

外から聞こえる子供達の声や日常の音、額に入れられた四角い空は私を世界から隔離しているみたいだった。



『まるで、昔みたい』



額に入れられているのは空じゃなくて、私だ。



五日目。
シャワーを浴びて、包帯を変える。
身体を見ると転々と広がってる痣も傷跡も癒えてきた。

だけど、まだ苦しい。

心臓が細い糸に何重にも巻きつけられ、ぎゅうっと縛られてるみたいに。



『……』



何をどうすればいいんだろう。
沢田くん、山本くん、京子、瀬戸さん達のこと。

話したい。

元通りになりたい。

信じたい。

でも、何をしたらいいのか分からない。



『………また、同じ』



同じだ、昔と。

考えるばかりで行動しないで、これじゃいつまで経っても何も変わらないのに、考えるばかり。

考える事を立ち止まる理由にしてしまっている。



『でも、しょうがない、よ……っ』



皆、私の話なんて聞いてくれない。

今は何を言われても、疑ってしまう。



……もう、元通りになれない、のかな。



『……っ』



私を見る視線、表情や笑い声、学校が、教室が、怖くて怖くて仕方がないの。

その声や言葉は今でもはっきりと聞こえて、頭の中でリピートされる。



「最低」

「死ね」

「いい気味ねぇ」

「消えろ…ッ!!」

「…ー…ッオレと真白が友達!?ふざけるな!」




言葉が、怖い。

見えない、人の、気持ちが、怖い。



『…ー…ッ』



今は昔とは違う。
昔は傍にはいつも仲間がいた。

骸や犬、千種がいたからどんな事も大丈夫だった。

かけがえのない仲間がいたから、前に進めた。



『……』



だけど今は、一人。

傍には信じられる人がいない。



『………』



いつから、信じられなくなったんだろう。

山本くんが信じてくれてるから頑張れて学校に行けた。

だから、話し合えば誤解も解けるんだって思ってた、のに。



「あと、もう少しだけ友達の振りをして真白を裏切れって言ってた」



『……山本、くん』



黒谷さんの言葉を思い出したら胸が痛くなった。

山本くんと沢田くんは仲間。

彼の今までの優しさは全部、計画なの?

机の落書きを消してくれたのも、笑ってくれたのも、全部、嘘だったのかな。

私のことなんて、最初から誰も「友達」と思ってくれて、なかったのかな。



「真白さぁ、このまま死んじゃえばぁ?」



瀬戸さんの言葉が脳内に響く。

私は何かに誘われるように重い身体を動かしてキッチンへと向かう。

取り出したのは刃こぼれが一つもない包丁。

その刃には私の顔がうっすらと映っていた。



『………』



私、皆の前からいなくなった方がいいのかな?

死んじゃった方が、いいのかな。



『……』



私なんて、いてもいなくても何も変わらない。

生きてたって苦しいだけ。

苦しいのは、もう嫌。

この包丁で、一思いに刺せば、死ねる。楽になれるんだ。



『………』



気がついたら、私は包丁をぎゅっと握っていた。

ゆっくりゆっくり、包丁を自分に向け両手に力を込める。



『……』



"羽依、君を信じていますよ"

包丁を自分の胸に突き刺そうと、ぎゅっと目を閉じた瞬間、骸の声が響く。



『あ……』



自分がしようとしていた事にハッと気がつくと同時に手の力が抜け、包丁を床に落とした。

そして、その場にずるずるとしゃがみ込んだ。



『む、くろ…っ』



涙が溢れて止まらない。

一人じゃないのに、傍にいなくても大切な仲間がいるのに、私は一人ぼっちだって思ってた。

死んじゃえば楽になれるって、本当に「独り」になろうとしてた。



『……っ』



私は、バカだ。



『…ー…ッ』



苦しくて辛い気持ちを全部を吐き出すみたいに泣いて泣いて、いつの間にか意識を落としていた。

気がついたら、もう六日目。
ずっと泣いていたから、喉が乾いて痛い。

水でも飲もうかとふらふらと立ち上がる。



『………』



足元を見たら昨日の包丁が床に落ちたまま。

ごくりと息を飲んで、私は包丁を握り、元の場所へ戻した。



『……』



自ら命を絶つなんて、絶対にだめ。

何も出来なくなる。
死ぬ瞬間、絶対に後悔する。

死ぬくらいなら、がむしゃらに立ち向かえばよかったんだって。



『………』



死んだら後悔も出来なくなる。

苦しいまま、その気持ちを持って死んでいくんだ。



『……』



そんなの絶対に嫌だ。
今まで必死に生きて来たのは死ぬためなんかじゃない。

人はいつかは必ず命がなくなる。

だけど、それはちゃんと生きて、命を使い切った時だ。



『……生き、たい』



そう呟いたら少し、気分が楽になった。

それと同時に切なくお腹が鳴る。



『う……』



こんな状況でも、お腹が空くなんてどうかしてるって自分で思う。

だけど、食べなきゃ体力はどんどんなくなっていく。

身体も生きたいと思ってる証拠だって思ったら、何だかとても安心した。

さっそく、ご飯を作ろうかと冷蔵庫を覗くとほとんど空っぽ。



『何も、ないや…』



ここ六日はずっと家に篭りきりだったから仕方がない。

千種が作り置きしてくれてた食べ物はとっくに全部、食べてしまった。



『……』



気分転換にもなるし買い物に行こうかな?

そう考えて、さっそくシャワーを浴びて身なりを整える。

準備も出来て出かけようとした時、突然、家の訪問ブザーが鳴った。



『………?』



骸が来るのは明日。
他に私の家に来る人なんていない。

もしかして、クラスメイトの誰か…?

沢田くん?

それとも瀬戸さん達…?



『……っ』



落ち着いていた気持ちが乱れる。
ドクンドクンと心臓が異常なくらいに脈打ち、呼吸が上手く出来ない。

私は玄関に恐る恐る近寄る。

一体、誰なの……?

そう考えているとタイミングを計ったように、もう一度、ブザーが鳴った。



『……!!』



誰……?

このドアを開けても、平気?



『………っ』



何で、かな?

誰かと関わるという事がこんなにも怖いと思ってしまうなんて。

もしかしたら、骸達かもしれない。

だから、大丈夫だって思っても、怖い。



怖くて、たまらない、の。



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加筆修正
2012/03/10


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