真っ暗で何も見えない。

もう、自分さえ見えない。



『……』



ひたすらに走って、やっと見つけた小さな光。

掴もうと思って手を伸ばしたら、届かずに目の前でパッと消えた。








降り続ける雨



『……っ!!』

「起きましたか、羽依」

『……?む、くろ…?』

「いきなり倒れるから驚きましたよ」



よほど心身共に疲れていたんでしょう。

彼は微笑んで私の頬に触れる。

久しぶりの優しい体温に私はびくりと震えてしまった。



『……っ』

「少し、痩せましたね」

『む、くろ……』

「どうしました?」

『……』



頬に触れている手に安心して瞳を閉じる。

骸はいつものようにクフフと微笑んで抱きしめてくれた。

私は縋るように抱き締め返す。



『むく、ろ…』

「……おやおや」

『………っ』

「相変わらず羽依は甘えん坊なんですね」

『骸……』



変わらない優しさ。

支えてくれる骸は温かくて、安心する。



「……泣いて、構いませんよ」

『え………?』

「もっと、僕に頼りなさい」

『で、も……』

「今更、遠慮するような仲ではないでしょう」

『……!』



抱き締める腕に力が入り、髪を優しく撫でてくれる骸の手は懐かしく感じる。

何があったのか、なんて何も聞かずに骸は受け止めてくれた。



「羽依…」

『む、くろ……』



骸はいつも優しい。
それが心地よくて、嬉しくて、甘えていた。

でも、ずっと、思ってた。

私は争いが苦手。
それなりに戦う力はあるけれど、傷つけることはしない。

そんな私は「マフィアを殲滅する」事が目的の骸達の負担になっているんじゃないかって。

だから、私は普通の生活を望んだ。



『……っ』



骸達は賛成とまではいかないけど、私が普通の生活をする事を認めてくれた。

少しだけ距離はあるけれど、私は並盛中、骸達は黒曜中へそれぞれ転入。

「普通の生活」をすることで骸達が変わってくれるかも、と期待をしていた。

彼らも穏やかな日々を望んでくれないかと願っていた。



「羽依…」



しばらく私は学校に慣れることで精一杯。
骸達と頻繁に会えない日々が続いていて、離れたからには甘えてはいけない、って思ってた。

なのに。



『ふ…、ぁ…っ』

「……」



骸の腕の中だと安心してしまい、どうしようもなく涙が溢れてしまう。

今までずっと我慢していた、言葉で表せないような気持ちが一気に込み上げる。



「羽依は自分を抑えすぎです。」

『……っ』

「大丈夫ですよ」

『む…くろ……っ』

「羽依…」



辛い時は僕らに頼りなさい。

優しく優しく囁かれる。

外から聞こえる地を濡らす雨の音は私の泣き声を掻き消して、骸みたいに「泣いてもいいよ」と言っているみたいだった。



「羽依、このまま聞いてください…」

『……っ?む、くろ…?』

「やはり僕達と一緒に来ませんか…?」

『一、緒に……?』

「えぇ。羽依がマフィア殲滅に賛成していない事は分かっていますが…」

『もう、殺すとか、血…いや、だよ……っ』

「そんなのは、僕らに任せればいいんです。」

『そ、れじゃ、足手まとい…になる……っ』



そんなの、もっと嫌…っ!!

自分でも驚くくらい、いつもよりも大きな声で叫ぶ。

骸は私を逃がさないように抱きしめる腕の力を強めた。



「いいんです。君が気にする事ではない…」

『……っ私、は』

「………」

『本当は、骸たちに戦って、欲しくない、の…っ』

「羽依……」

『誰かを傷つけるところも…っ、骸達が傷つくところも見たくない…っ』

「僕らは、マフィアを憎む事でしか生きられない」

『…ー…っ!』

「聞きなさい、羽依」

『む、くろ……』

「僕達は今の羽依を見ていられないんです」



腕の力を弱めてに向き合うと、骸は困ったように眉を下げていた。

涙の後に口付けられ、髪をサラリと撫でて言葉を続ける。



『骸……』

「千種も犬も、そして僕も、争いを嫌う羽依には普通の生活をして欲しい」

『………』

「だから、幸せになって欲しいと願い、送り出したはずなのに…」

『………っ』

「並盛で起きている事、全て知ってますよ。僕の情報網を甘く見ないでください。」

『む、くろ…』

「人間は醜い。特に嫉妬という感情は下らない。」

『………』

「羽依を傷つける理由になりません。」

『だけ、ど……』

「しようと思えばどうにでもなるでしょうに。どうして反撃しないんですか」

『……傷つけ…たく、ない、の。』

「こんなにも傷つけられてまで、ですか。」

『……っ』



骸は私の頬のラインを一撫でする。

そして、哀しそうに目を伏せた。



「人間はやはり、醜い…」

『骸…、で、も…』

「絶対に解りあえる、そう思いますか?」

『………っ』

「君は今でも、元通りになれると…、そう信じているんでしょう」

『……』



本当に、信じていますか?

骸が静かに囁く。

ふと、さっき山本くんを疑ってしまった事が頭を過ぎった。



『それ、は…ー…っ』

「………」

『………っ』

「羽依、君だって思っているはずです。」

『む、くろ……』

「人間は欲深く浅はか、醜いものだと」

『………ッ』

「どんな者でも最後には自分可愛さに他者を簡単に裏切るもの、だと。」



僕らの過去を忘れたんですか?

そう囁かれれば、夢に見る程、鮮明に覚えてる過去が頭の中で繰り返し再生される。



『……!』



忘れる、はずがない。

思い出したくない。

そう思ってたって、ふとした時に蘇る記憶。

私を化け物だと罵り、逃げ惑う人々。
その中には他者を囮にする者もいた。

真っ赤に染まる私の身体。
血の匂いが染み付いて離れない。

彼らの声も、表情も全部、覚えてる。



『や……っ』

「羽依……」

『……っ』

「君が傷つく所をもう見たくない。」

『……む、くろ』

「僕と一緒に来て下さい」

『骸…っ、私、は…ー…っ』

「傍にいてくれるだけでいいんです」

『…ー…っ』

「僕らは羽依を裏切らない。絶対に。」



だから、帰って来て下さい。

骸の声は雨に掻き消されることなく凛と響いた。



『……っ』



雨が降る。

それはやむことなく私を濡らす。



濡れた翼じゃ、飛べない。



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加筆修正
2012/03/10


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