学校に行くと相変わらず下駄箱には落書きがされていてゴミで溢れていた。

教室では私が存在していないかのように無視をされたり、笑われたりする。

見張られているような変な視線を感じることもあるけれど、今ではもう慣れてしまった。

京子はショックからか、ずっと学校を休んでいる。



『もう、一週間くらい、経ったかな…』



実際にはもう一ヶ月ぐらい経っているんじゃないかってくらい、一日がゆっくりと流れていた。








友達



今でも山本くんだけが変わらず話し掛けてくれる。

だけど、やっぱり教室は居づらくて学校に来ても屋上や保健室で過ごす事が多くなった。



『………』



現状は変わらなかったけど一人じゃないから、大丈夫だった。

時々、リボーンくんが遊びに来てくれたり、山本くんが抜け出して来てくれて屋上で一緒にお昼を食べる。

屋上では私と山本くんの二人きりの時間。

誰もいないから山本くんは「屋上はオレ達の秘密の場所だな」なんて笑っていた。



『……』



今朝は眠くて教室に行く気分になれなくて、お昼まで保健室で過ごした。

午後は天気がいいから屋上でうとうとと日向ぼっこ。

一日の中で一番、気持ちがいい陽射しに私は瞳を閉じた。



『……すっかりサボり癖がついちゃった、かも』



屋上は雲雀先輩がいたらどうしよう、って思ってたけどあの日以来、見かけない。

よく考えたら、あの時間に屋上にいたって事は雲雀先輩もサボり仲間だよ、ね?



『……本当に風紀委員なのかな』



そんな事をぼんやりと考えていると授業が終わるチャイムが鳴る。

そろそろ帰ろうか、それとももう少しだけ日向ぼっこしようか、と思っていると扉が開く音がして瞳を開けた。



「ここにいたんだ、真白…」

『沢田くん…?それに獄寺、くん…』

「聞いた通りだ」

『聞いた、通り…?』



沢田くんは私を見つめ、聞いてた通りだ、と言って冷たく微笑む。

そんな沢田くんの一歩後ろには獄寺くんがいる。

いつものように眉をしかめているけれど、普段と雰囲気が違って見えた。



『な、に……?』

「……何、じゃないだろ」

『え……!?』

「今朝、あんな事しておいてよくのんびりしてられるよね」

『今、朝……?』



沢田くんが言っている意味が分からない。

ただ、怒っているのだけは分かる。

私は今朝からお昼まで、ずっと保健室にいた。シャマル先生と一緒にいた。

その間に一体、何があったって言うの…?



『何の、こと…?』

「しらばっくれるんだ。」

『……』

「また京子ちゃんに酷いことしておいて…っ」

『え……?』



沢田くんはズカズカと近づいて来て、私を思いっきり突き飛ばす。

勢いよくフェンスに打ち付けられるとガシャン!という金属音が静かな屋上に響く。

背中に痛みが走ると同時にクラスメイト達が屋上に入ってきた。



『……っ』

「真白……」

『…ー…沢、田くん』

「……」



扉の方に視線を移すと瀬戸さん、及川さんがこちらを見て笑っていた。

一緒にいる黒谷さんは俯いて居心地が悪そう。

彼女はそっと瀬戸さん達から離れるとクラスメイトの中に消えていく。



『……』



沢田くんが私の腕を掴んで屋上の中心へと連れて行く。

クラスメイトに囲まれると、視線が集中し一斉に私を罵る。



「ツナ、いいぞー!やっちまえ!」

「獄寺君もやっちゃってよ!そんな最低な奴っ!!」

「つーか、死んでもいいだろ!死刑決定!

「真白…」

『さ、沢田くん…ッ!?』



沢田くんが私に向かって拳を振り下げる。
話す間も与えてくれず、私は避けることも出来ないまま地面に倒れた。

沢田くんは倒れた私の胸元を掴み、睨みつける。



「…ー…だよ」

『く…ー…っ!』

「何で……」

『……っ!?』

「何でなんだよ…!!京子ちゃんに何であんな事を…っ」

『な、に……!?』

「せっかく今日、学校に来る予定だったのに…!!」

『え……っ!?』

「まだしらばっくれる気か!?皆、知ってるんだぞ…!!」

『何の、こと…っ!?』

「今朝、京子ちゃんを黒曜の男に頼んで、襲わせたんだろ…っ!!」

『……!し、らないよ、そんなの……っ!!』

「何、言ってんだよ!!その場で襲われてる所を見てたんだろ…!!」

『……!?』

「見てた人がいるんだよ…!!」



ふざけるな。
沢田くんは叫び、怒りを込めた拳で私を殴り飛ばす。

その瞬間、喉の奥に鉄の味が広がり、ぐらりと視界が揺れた。



『…ー…っ!』

「……ッ」



沢田くんは京子が好き。

だから、こんなにも怒りを見せている。



「く……っ」



沢田くんの身体は震えていた。
身体だけじゃない。

怒鳴る声も何とか振り絞って出しているように感じる。



『……』

「…ー…ッ」



辛そうな、顔

沢田くんは争いごとが嫌いな人。

だから、本当ならこんなことしたくないんだよね…?

だけど、感情がどうしても治まらないんだ。

好き、だから。

大切な人のために、拳を振るう。



「じゅ、十代目…ッ!!」

『……ッ』

「獄寺君、どうしたの…?」

「もう、やめてください!これじゃあ、真白は…っ」

「獄寺君は黙っててよ」

「ですが……ッ!!」



獄寺君は冷たいコンクリートに倒れる私の前に立ってくれた。

まるで私を沢田くんから隠すように。



『獄寺、くん…?』



だけど、沢田くんは獄寺くんを押しのけて私に近づく。

いつもと雰囲気が違う沢田くん。

あんなに優しい沢田くんの面影はなく、とても冷たい瞳をしていて背筋が凍った。



「どいてくれ」

「十代目……ッ!!」

「真白、抵抗しないのは肯定の意味か?」

『私じゃない…!!抵抗、しないの、は……っ』

「………」

『……っ私、はっ』

「……」

『私は友達を傷つけたくないの…っ!!』

「……っ!?」

『友達と戦うなんて、い、や……ッ』

「…ー…ッオレと真白が友達!?ふざけるな!」

『……ッ』

「十代目…!!」

「邪魔しないでって言ってるだろ、獄寺君…!!」

「…ー…!!」



獄寺くんは辛そうな顔で私達を見ている。

沢田くんは私の言葉をかき消そうとするように叫んで殴った。

唇を噛み締めて、今にも泣きそうな表情で殴り続けた。



『く……っ』

「オレは、真白なんか…っ」

『あぁ……っ!!』

「お前の事なんか……ッ」

『沢田、く…ー…っ!!』

「……ッ」



今、この場を何とかするのは、傷を負っていても私の"能力"を使えばほんの一瞬で出来る。

でも、そんなことはしない。したくない。

私は沢田くん達を傷つけたくない、の。



私にとって、初めての友達、だから。



『沢田くん…っ!聞い、て…っ』

「…ー…っ」

『お願い…っ!話、聞いて…ッ!!』

「何を……、何を聞けって言うんだよ!!」

『あ、ぁ……ッ』

「あんな事するなんて…!お前、そんなに京子ちゃんが嫌いだったのかよ…!!」

『……っ!』

「最低だよ、お前…ッ!!」



沢田くんは掠れた声でそう叫ぶと、一際、大きく拳を振るって私を吹っ飛ばした。

私が倒れて、話すことも動くことも出来ないでいると、沢田くんは呼吸を落ち着かせて獄寺くんに歩み寄る。



「ねぇ、獄寺君」

「何、ですか…、十代目…」

「…ダイナマイト、投げてくれる?」

「………ッ!?」

「……出来ない?」

「い、いえ……っ」



獄寺くんは沢田くんから視線を外し私を見る。

いつもの獄寺くんなら沢田くんのする事に反対はしないのに、今日は躊躇している様子だった。

迷っているのか、目を伏せ眉間に皺を寄せる。

しばらくして決意したようにグッと拳を握ると沢田くんに背中を向けた。



「十代目…、下がっていてください」

「うん……」

「真白……」

『ごく、でら…く、ん……?』



獄寺くんはダイナマイトを手にして私を見つめている。

動こうとしなかったけれど、獄寺くんは辛そうな声で謝るとダイナマイトを宙に投げた。



「…ー…ッわりぃ。」

『……!』



宙へ舞う無数のダイナマイト。
導火線には火がついていて火花が散っている。

爆発する瞬間は目の前が真っ白になって音も何も聞こえなかった。



『…ー…ッ、……!!』



煙に包まれる。
白い煙の向こうでは"かっこいい!"と及川さんや他の女の子たちの甲高い声が聞こえた。



『……っ』



彼女達は何を見ているの…?

好きな人が、大切な人が人を傷つけてる姿なんて、私なら見たく、ない。



『ごくでら、くん…』



獄寺くんも、そう、なんだよね?

獄寺くんだって沢田くんが誰かを傷つける姿、見たくないよね……?

だから、そんな辛そうな顔をしてるんだ。



『は、ぁ……っ!はぁ…っ』



火薬の煙を吸ってしまい息苦しい。

私は煙が身体を隠してくれている間、ずるずると這いずってフェンスへと移動した。



『く……っ』



ダイナマイトは直撃していない。
だけど、足に掠ってしまったようで動かない。

傷口を見ると血がドクドクと流れている。



『……っ』



煙が晴れていくと目の前には沢田くんと獄寺くんがいた。

私はフェンスに寄りかかり、目の前の人物を見つめる。



「十代目…ッ、オレ…ッ」

「ありがとう、獄寺君…」

「…ー…!!」

「……ねぇ、真白。」

『……っ?』

「足、動かないよね」

『……!』

「………」

『あ……、ぅ……』



髪を引っ張られて、囁かれる。

京子ちゃんの苦しみを味わいなよ、と。

私は沢田くんを見つめ、掠れた声で言葉を紡ぐ。



『や…って、な…い……っ』

「へぇ…」

『……ッ』

「まだやってないって言い張るんだ?見た人もいるのに……?」

『み、た、人…?』

「ねぇ、瀬戸さん、見たんだろ?真白が京子ちゃんを襲わせてる所…」

「えぇ、そうよ」

「こいつに言ってやってよ。しらばっくれるなって。」

「ふふ、真白さん、いい気味ねぇ?」

『瀬、戸さん…』

「でも、当然よね。また笹川さんにあんな事をしたんだもの…」

『…ー…ッして、ない!!』

「しらばっくれなくてもいいのよ!だって、私はみー……」



瀬戸さんが冷たく微笑む。

皆に緊張が走る中、瀬戸さんは口を開く。


けれど、彼女が真実を口にする前に低い声が邪魔をした。



「ねぇ、何、群れてるの」

『……!?』

「雲雀さん……!?」

「雲雀……!!」

「昼寝していたのに、煩いよ」

「……っ」



雲雀先輩は屋上の一番、高い場所に立っていて私達を見下ろしていた。

寝起きなのか、欠伸をして一睨みすると瀬戸さんを含むクラスメイトは皆、屋上から逃げて行く。



「大分、静かになったね。…で、君達は何をしているんだい」

「雲雀さん、邪魔しないでください」

「ワォ、草食動物が随分と意気がってるね。」

「……」

「ところで、そこの床、壊したのは誰なんだい」

「…雲雀さんに関係ありません」

「校内の破壊、及びこの僕に反抗…」

「………」

「まずは君から咬み殺そう」



雲雀先輩はクッを笑うと沢田くんに向けてトンファーを構える。

獄寺くんは庇うように沢田くんの前に立った。



「君から咬み殺されたいのかい」

「十代目…!行きましょう……!!」

「でも、獄寺君…ッ!真白とまだ…っ」

「…ー…ッこ、こんな奴」

『………』

「こ、こいつは、雲雀にやられればいいんですよ!」

「そんなんじゃ、オレは…ッ!!」

「だったら!」

「……?」

「だったら、また……、しめればいいでしょう。」

「………」



沢田くんは納得してなさそうだったけれど、獄寺くんに手を引かれ仕方なく屋上を後にした。

彼らが屋上を出る時、獄寺くんと一瞬だけ目が合う。

苦しそうに眉間に皺を寄せる表情を見たら、身体よりも心が痛くなった。



「……君」

『あ……!』



雲雀先輩はトンっと飛び降りて、こちらに近寄って来る。

逃げようにも足が思うように動かなくて距離は縮まるばかり。



「会いたかったよ、真白羽依」

『名、前……』

「三ヶ月と少し前、イタリアから並盛中、二年A組に転入」

『……っ!?』

「両親共にいなく並盛マンションに一人暮らし。すぐに調べはついたよ」

『雲雀、先輩……』

「何だい」

『やっぱり……、すとーかー…?』

「………」

『……』

「ワォ、そんなボロボロの状態で冗談が言えるんだ。」

『冗談、じゃないです…よ……』

「早く立ちなよ。今日こそ君を咬み殺す…」

『……ッ!動ける訳…な、い…っ』



喋ることで精一杯。

だけど、そんな事も雲雀先輩はお構えなしに私に武器を構え、振り下ろす。



『…ー…ッ!!』

「……」



攻撃されるのを覚悟して、ぎゅっと目を閉じる。

だけど、一向に痛みを感じない。

雲雀先輩は途中で攻撃を止めるような人じゃない。

どうしてなのか。

恐る恐る瞳を開けると私の前に立ち、雲雀先輩の攻撃を受け止めてくれる人がいた。



「雲雀、悪いが勘弁してくれねぇか」

「君……」

『山、本…く…ん…』

「真白……」

『……っ』

「お前を、そんなにしたのは……雲雀か?」



山本くんは私の状態を見て普段とは違う表情をしていた。

静かに怒りを表している山本くんの声は低く、ピリピリとした空気がこの場を支配した。



「……雲雀、お前、なのか」

「………」

「答えろ、雲雀……!!」

「……僕じゃないよ。君がいつも群れてる草食動物達だ。」

「く……っ」

「ワォ、珍しく荒れてるね。」

『山、もと…く、ん……っ』

「………!!真白…!?」

「意識がないんじゃ面白くない。僕は行くよ。」

「真白!おい…ー…羽依!……羽依ッ!!」

『………』



山本くんに安心して、私の意識はそこで途切れる。

だけど、受け止めてくれた体温を確かに感じた。



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加筆修正
2012/03/10


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