黒谷さんと別れ、暗い夜道を歩く。

沢田くんたちと一緒に歩いた帰り道。

一人だと、家へ帰る距離が遠くに感じてしまう。

その遠く感じる距離と季節に合わない冷たい夜風が"君は一人なんだよ"って囁いているみたいだった。








月夜の帰り道



濃紺の空を見上げる。

星が見えなくて暗い。
月は雲にうっすらと隠れて、一人だからか余計に不気味に見えた。



『………っ』



ぽろぽろ、ぽろぽろ。
月を見ていたら瞳から大粒の涙が零れた。

沢田くん、瀬戸さん、黒谷さん…それに山本くんのことが胸を締め付ける。



『……っ』



許さない、消えろ、死ね。

冷たい言葉の数々が心を突き刺す。

京子も、きっとこんな風に苦しかった。



『…ー…ッ』



なのに、私は誤解を解こうと話に行かなかった。

沢田くん達が居たから近づきにくかったけど、本当なら、あの時にちゃんと話に行くべきだったんだ。



『京子……っ』



哀しい、苦しい。

一人はこんなにも寂しい。

大丈夫。
元に戻れるって信じてるのに、一人きりだと色んなことを考えてしまう。



『ふ……、っ……』

「なんだ、お前、泣いてんのか?」

『……!』



私はしゃがみこんで泣いてしまっていた。

不意に聞こえた声の方を見ると、塀の上にスーツを着た赤ちゃんが立っている。

予想外の人物にびっくりして、涙が止まった。



『な、に……っ!?』

「泣いてんのかって聞いてんだぞ」

『え…、あ…、涙……』

「……?」

『止まっ、ちゃった…』



自分でも、びっくりして目をパチパチさせて、赤ちゃんに言う。

赤ちゃんは私を観察するようにじっと見つめると面白い奴だなと微笑した。



「お前、こんな時間に何してんだ?」

『あなた、こそ、赤ちゃんなのに……』

「バカにすんな。オレは一流のヒットマンだぞ。真白羽依。」

『ヒット、マ、ン……?』



ヒットマン。
もしかしてごっこ遊びか何かなの、かな?

あれ?そういえば、私、名前を言ったっけ?

それとも前に会った事、あった…?



「言ってねぇぞ。でも、オレの生徒からよく聞いてたからな」

『生、徒?』

「あぁ。だから、一目見てすぐに分かったぞ」

『……、…?』

「大丈夫か?」

『……っ、う、ん…』



赤ちゃんは身体が痛くて、ゆっくり歩く私に合わせるかのようについて来てくれる。

私を送ってくれているのかな…?



『……』



一緒に帰っていると赤ちゃんは生徒さんのダメダメな話をしてくれた。

テストは赤点ばかり、運動も出来ない。
好きな女の子の前だとさらにダメダメになる、と赤ちゃんは楽しそうに話していた。

その様子を見たら、生徒さんと赤ちゃんには確かな信頼関係があるんだと感じる。

たった一日で何もかも変わってしまった私とは大違い。

そう思ったら、ふぅとため息を零してしまった。



「……何かあったのか?」

『う、ううん…』

「……」

『……?どう、したの?』

「我慢、すんな」

『え……』



もみじのような小さな手で思いきり頭を叩かれた。

痛くて痛くて、その場にしゃがんで蹲る。

その様子を見て赤ちゃんはピョンと塀から降りて私と同じ目線となった。



『い、痛い…』

「そりゃそうだ。痛いようにしたんだ。」

『……っ』

「随分、無理してんな」

『……して、ないよ』

「強情だな」



まるで全部、知っているような口調で話す。

赤ちゃんは今度は私の頬を小さな手でペシペシと叩いた。



『い、た…っ』

「痛いは言葉に出すのに辛いは何で言葉にしねぇんだ」

『……辛く、ない。』

「……」

『大丈夫、だから』

「………」

『辛く、ない、の…』

「今まで…」

『……?』

「今まで、してきた事の報いを受けてる…」

『え……っ!?』

「そう思ってんなら大間違いだぞ」

『……!?』



ドキリとした。

この子は私の過去を知ってる、の?

そう思ったことを見透かしているようで、赤ちゃんはこくんと頷いた。



「一流ヒットマンを舐めるんじゃねぇぞ。」

『……』

「過去は消えねぇ。なかった事にしても必ずどこかに情報は残ってる」

『………』

「お前の意思でやった事じゃねぇだろ。」

『で、も…』

「悪いのは、そうさせた人間だ」

『…ー…っ!』

「お前は悪くねぇ」

『でも、私、は……っ』

「泣きたい時は泣け」

『……っ』

「辛い時は辛いって言え。もっと泣いていいんだぞ。」



私の意地。

辛いと言ったら自分が弱くなりそうで、折れてしまいそうで言葉にしたくなった。

一度、言葉にしてしまったら自分が弱くなりそうで、めげてしまいそうで嫌なの。



『……っ』



だから、我慢して胸の奥に押し込んで「辛い」と言葉にしない。

だけど、今まで堪えていたのに、この子の前だと隠せない。

全部が崩れていく。

また、泣いてしまいそう。

今、涙を零したら、本当に弱くなってしまいそうで怖い。



『……ッ』



必死に堪えていると、赤ちゃんはしっかりとした口調で私に話しかけた。



「泣く事は弱さなんかじゃねぇ」

『……』

「戦ってる、証拠だ」

『…ー…ッ!』



真っ直ぐに見つめられる。

また見透かされた。

はぁ、と息と吐くと溜めていた感情が全て外へ出て行くように、自然と言葉に出てしまった。



『…ー…辛、い』

「………」

『辛い、よ……っ』



言葉に出したら、再びぽろぽろと涙が溢れる。

昔はどんな時でも大丈夫って思えた。

この状況が辛いと感じるのはあの人達が傍にいないから、なのかな。



私は今、一人ぼっちだから…?



「それは違ぇぞ」

『え……っ』

「お前は一人じゃねぇ。」

『一人、じゃな、い?』

「そうだぞ。今だってオレがいる。」

『あ……』

「遠くにしても、お前を想っている奴もいるだろう」

『……!』

「勝手に一人だって勘違いしてるんじゃねぇ」

『……』

「生きている限り、一人になんて絶対にならねぇ」

『赤、ちゃん…』

「リボーン、だ」

『……リボーン、くん』

「…あぁ」



リボーンくんはぴょんと私の肩に乗り、小さな手で私の頭を撫でてくれる。

彼はふっと笑うと夜空を見上げた。



「どんな真っ暗闇でも絶対に光はあるんだ。」

『ひか、り……』

「……あぁ」

『……』

「………」



リボーンくんの言葉を胸の中で繰り返す。

繰り返しながら見上げた月はさっきのように不気味に感じない。



『……』



どんな真っ暗闇でも絶対に光はある。

それは、今、暗い夜道を優しく照らす月みたいだと思った。



「……そうだな」

『え……?』



不思議な子。
なんで思ってる事が分かるんだろう?

そう思っていたら今度は「オレは読心術が使えるんだぞ」って言われちゃった。

また見透かされちゃって小さく笑ったら、心が少し軽くなった。



『……一人じゃない、ね』

「……あぁ、」



山本くん、黒谷さん、リボーンくん。

嘘でもいい、同情でもいい。

みんな、優しい。



『……』



ほんの少しの優しさは私を照らしてくれる。

"あの人"だって、この月のように私を見てくれているかも知れない。



『……ー…ろ』



小さく彼の名前を呟いたら元気が出てきた。



『………っ』



私、頑張るよ。

どんな事だって受け止める。

この生活は私自身で決めたんだから。



『……』



真っ暗闇でも絶対に光はある。

そうだよね。
探せば必ず光は見つかる。

難しそうだけど、意外と簡単なことかもしれない。



『………』



今だって見上げれば、光はあるんだから。



信じること。

それがきっと光に繋がる。



そんな気がする。



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加筆修正
2012/03/10


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