今、考えると昔は毎日が地獄だった。 ただただ、与えられた命令を聞いていた日々。 昔の私は何にも分からなくて、あの状況がいかに最悪で地獄でも、そんなの少しも理解していなかった。 『……』 それが"当たり前"だと思っていたの。 これが"世界"だと思ってた。 だって、私は他の生き方なんて知らなかった。 私が生まれた日 「自由」と言う言葉はあの人から教わった。 何もない時、決まってあの人は私の所へやって来ては色んな話をした。 話をした、と言うよりも私は聞いてる事しか出来なかった。 何をどう話せばいいのか、何を話せばいいのか分からなかったから。 "何、を……話せば…いい、の?" 初めて自分から話しかけたら、あの人は驚いていた。 でも、優しく微笑んで、ゆっくりと分かりやすい言葉で話してくれた。 だから、初めて会話という事を出来た。 『……っ』 ある時、あの人は言った。 「君は望めばいくらだって羽ばたけるでしょう?」と。 私は戸惑った。 命令を聞いていただけの私が望みを聞かれるなんて、思ってもみなかったから。 でも、自然と言葉が出た。 "望んで、いい…の?" 私がそう言うと彼は一番、最初に話した日のように驚いた顔をした。 だけど、穏やかに微笑んで"もちろん"と答えてくれた。 その笑顔を見たら、胸がぽかぽか温かくなって、私もぎこちなく笑った。 それはきっと、私の初めての笑顔。 『……』 あの人と一緒にいると、必要最低限の事しか学んだ事のない私にとって、全てが新しく知らない事ばかりだった。 一番、偉い人は言っていた。 私は真っ白で綺麗な人形だと。 でも、あの人だけは私を羽依と呼んでくれた。 いつも"これ"や"それ"と物のように呼ばれていたのに、名前をくれた。 『…ー…っ』 あの人は本当の意味で私に血を通わせてくれた。 確かな私の居場所が出来たあの日、私は私になれた。 あの人に出会ってから、何もなかった私の世界は目まぐるしく変わっていった。 next 加筆修正 2012/03/10 |