深呼吸して二年A組の教室の前に立つ。

放課後はいつも賑わっているのに、妙に静かで、怖い。



『……大、丈夫』



扉に手を伸ばすと警告のようにドクンドクンと心臓が大きく脈を打つ。

落ち着かせるように「大丈夫」と言い聞かせながら扉に手をかけた。



『……』



大丈夫、大丈夫。
それはまるで呪文のよう。



『…ー…っ』



沢田くんと瀬戸さん。
落ち着いてちゃんと話せば、誤解は解けるはず。

そうしたら、今日の帰りは京子の家に行こう。

京子とだって、話せばきっと誤解は解ける。








呼び出し



震えてしまう手、緊張からか喉が乾く。
着いたばかりなのに、もう何分も廊下に立っているように感じてしまう。

ごくりと息を飲んで、思い切って扉を開けようとした瞬間、静かだった教室から叫び声が聞こえた。



「山本は何で真白羽依なんかの味方するんだよ!!」

『……!!』

「山本だって見ただろっ!?京子ちゃん、あんなに泣いて…っ!!」

『沢田、くん……?』



沢田くんの声が響くと一際、大きくドクンと心臓が鳴った。
泣き叫ぶような声に私は扉を開ける手をピタリと止める。



『……っ』



全身が心臓になったみたいに体中が鼓動して、背筋に嫌な寒気がゾクゾクと走る。

これ以上の事を聞きたくない。

それが本音。

だけど、足が地面に張り付いたみたいに、この場から動けない。



「ツナ、笹川が泣いてたからって真白がやった証拠にならないだろ」

「……」

「それに真白自身はやってないって言ってる。昨日の朝はオレと一緒にいたんだ」

「嘘に決まってるだろ!!山本と会う前にだって出来るじゃないか!じゃなかったら前日にやったに決まってる…!!」

「前日、真白はオレ達と帰っただろ」

「……!」

「ツナ、何でそんなに真白を疑うんだ。真白はー…」

「現に見たって奴がいるんだ……!!」

「じゅ、十代目!!野球馬鹿は放っておきましょう!話になんねぇスよ…!!」

「だけど!」

「オレ達が騒いだって、ここに真白がいないんじゃ…」

「……っそれは、そう、だけど」

「席に着きましょう、十代目。」

「おい、ツナっ!獄寺!!」

「……山本、また後で」

「………」

「ツナ…、獄寺…」

『……っ』



山本くんまで巻き込んじゃった。
あんなの仲が良かった沢田くんとけんかしてる。

明らかに原因は、私。

山本くんは私を信じてくれてる。

皆は私がやったって思ってるのに、山本くんだけは信じて、誤解を解くため話してくれている。



『なのに、わた、しは…っ』



何も出来なかった。

今、教室に入って沢田くん達と話せば、よかったのに。



『…ー…っ』



動けなかった。

手が動かなかった。足が前に出せなかった。

唇を震わせて、この場に立っているのが、やっとの自分が情けなくて悔しい。



「あれ、あんた…」

『……っ』

「そんなに驚かないでよ。私よ、私。」

『花、ちゃん……』

「……場所、変えない?」

『えっ?』

「こっちおいでよ…、ね…?」



反対側のドアから出て来たのは花ちゃんだった。

皆から私を隠すように手を引っ張って中庭へと移動する。

ベンチに座ると花ちゃんは、ちょっと待っててと姿を消す。

すぐに戻って来たかと思うと、隣に座って缶ジュースを差し出した。



「はい、飲みなよ。おごり。」

『えっ?』

「あれ?あんたジュースよりコーヒーがよかったっけ?」

『う、ううん…。あ、ありがと…』

「いいわよ、これくらい」

『今、これを買いに、行ってた、の?』

「えぇ。ゆっくり話せるでしょ。それよりもやんなっちゃうわね、あの雰囲気」

『……っ!』 

「あ…、ごめん、ごめん。別にあんたを責めてる訳じゃないわ」

『う、うん……』

「……朝のこと、聞いた」

『………』



花ちゃんは、私の事をどう思っているんだろう。

もしかして皆と同じように思ってるの、かな?

不安になって冷たいジュースをぎゅっと握っていると花ちゃんは察したように慌てて話し出した。



「大丈夫よ」

『え……っ』

「私はあんたがやったなんて思ってないから」

『花、ちゃん……』

「やってないんでしょ?」

『…ー…っう、ん』

「だったら、堂々としてなさいよ。悪口を言いふらしてる奴も、それを真に受けてるクラスの奴等なんてガキよ、ガキ。」

『悪、口…』

「そう、中心は瀬戸と及川。」

『瀬戸さん、たちが…』

「簡単に言えば自分達が山本と獄寺に相手にされてないから、あんたを陥れようとしてるのよ」

『………』

「それに何も言わず黙ってくっ付いてる黒谷も嫌な感じ。」

『黒谷さんは悪くない、よ…』

「まぁ、黒谷は立場上、何にも言えないんでしょうね」

『……?』

「あんたと同じ転校生なのよ。転入して少ししてから瀬戸達のグループに入れてもらったって感じ」

『黒谷さんが、転校生?』

「そうよ、半年くらい前かしら?」

『そう、だったんだ…』

「黒谷って静かで自己主張が少ないでしょ?グループに入れた代わりみたいに、いいように使われてるから、影では黒谷も瀬戸達に苛められてるんじゃって噂よ」



瀬戸達って本当に嫌だわ!と花ちゃんは深い溜め息を吐いてコーヒーをぐいっと飲む。

落ち着くと真剣に私を見て話を続けた。



「……山本があんたを庇ってるから余計に瀬戸は面白くないんでしょうね」

『山本くん……』

「現在進行形で自分の株を下げてるのに気がつかないものかしら?あーやだやだ!ガキすぎて蕁麻疹が出てきそう!」

『花ちゃん…、お、同い年、だよ?』

「精神的なことを言ってるのよ!大体ね、こんなボケッとしてるあんたが落書きだの菊の花だの嫌がらせ出来るかっての!」

『ぼ、ボケッと…!?』

「そうよ!皆が学校に来る前に短時間であれもこれも出来るほど器用じゃないでしょ、誰かさんは。」

『うぅ……』



花ちゃんはからかうようにニヤリと笑って缶コーヒーを飲む。

一口だけ飲んで落ち着くと、また話し出した。



「それにさ」

『……?』

「転入して来てから京子と私と羽依……三人でずっと一緒にいたじゃない?」

『うん…』

「だけど、あんたの口からは誰かの悪口なんて聞いたことがない。愚痴すら聞いたことないわ」

『……』

「だから、私はあんたがやったとは思わない」

『花ちゃん……』



大丈夫よ、と私を安心させるように声をかけてくれると目の前が滲んだ。

そんな私を見て、花ちゃんはふっと笑うとくしゃくしゃと私の頭を撫でた。



「羽依は子どもみたいで目が放せないわね」

『こ、子ども……?』

「子どもでもあんたは嫌じゃないわ。京子も早く気づけばいいのに。」

『あ…っ!そういえば、京子、は……っ』

「今日は休み。今朝の様子だとしばらく休むかもしれないわ」

『京子……』

「朝、家に行ったんだけどね…、元気がなかった。これからも朝と帰りに寄って見るつもり」

『は、花ちゃん、私、も……』

「今は行かない方がいいわよ。京子、まだ落ち着いてないみたいだから…」

『そう、なんだ…』

「私がちゃんと話をしておくから安心しなって!様子を見て大丈夫そうだったらあんたも誘うからさ」

『う、うん……』

「それじゃ、私はもう行くわね。羽依ももう帰った方がいいわよ」



クラス、荒れてるから。

花ちゃんは真剣な表情でそう言って、京子の家へと向かった。



『……ありがとう、花ちゃん』



花ちゃんの後姿を見て、涙が少し浮かんだ目尻を擦った。

少しだけベンチで休んで風に吹かれる。

風が冷たくなってきた頃、私も皆に見つからないうちに、帰ろうとベンチを立った。



「あれ、真白さん、こんな所で何してるの?」

『……っ!』

「帰ったんじゃなかったんだ」

「………」

『あ……っ』



帰ろうとして立ち上がった私に声をかけたのは瀬戸さんと及川さん。
彼女達の一歩後ろには黒谷さんがいて、居心地が悪そうに俯いている。

瀬戸さんは楽しそうな笑みを浮かべて、私の肩に手を置き、耳元で囁いた。



「ねぇ、ちょっと来てくれない?」

「話があるんだけど」

『……っ』

「ねぇ、真白さん、聞いてる?」

『あ………』

「少し話さない?って言ってるんだけど」

『…ー…っ』



視線を合わせると不気味なくらいに綺麗な笑顔をしていた。

正直、嫌な予感しかない。



『……』



でも、どんな事も、受け止めなきゃ前に進めない。

"何か"行動すれば、今の状況の"何か"が変わるかもしれない。

そう思ったから頷いた。



『…っいい、よ。』

「………♪」

『どこで話す、の?』

「ふふ、着いて来て」

『……』



ドクンと鼓動する胸が苦しい。

この選択が間違っていたのかなんて、それは今は分からない。



『…ー…っ』



神様がいるなら、どうかどうか。

何事も受け入れられる強さをください。



そして、ほんの少しの勇気を私に、ください。



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加筆修正
2012/03/10


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