***


目を覚ますと朝になっていて、太陽が顔を出していて呆然とする。



「……」



……何でオレ、あのまま寝ちゃうかな。

普通は眠らないだろ!つーか、眠れないだろ……!!



「あれ……?」



気がつくと毛布がかけてあった。
毛布なんて持って来た覚えはない。

もしかして、獄寺君がかけてくれたのかな?



「ありがとう、獄寺君…」



ぼーっとしながら外を見ると朝の陽射しが眩しすぎて、視線を落とした。

その時、中から獄寺君の大声が聞こえてハッと顔を上げる。
次第にハルや京子ちゃんの声がして保健室の雰囲気が変わった。

もしかして、目を覚ましたの…?



「……」



楽しそうな声。
壁に寄りかかり目を瞑って、話し声に耳を澄ます。



「………」



君の声が聞こえる。

あぁ、やっぱり、目を覚ましたんだ。

よかった。
そう小さく呟いた瞬間、中から京子ちゃんとハルが勢いよく出てきた。



「あっ!ツナさん!」

「ツナ君!羽依が起きたの!」

「………うん」

「はひっ!?どうしたんですか、会いに行かないんですか?」

「オレ……」

「……?」

「会ってもいい、のかな…」

「……ツナ君、きっと、羽依は会いたいって思ってるよ」

「でも……」



煮え切らないオレの態度に京子ちゃんは眉を下げて見つめていた。

会ってもいいのかな、なんて聞くオレはどこまでダメダメで臆病者なんだろう。



「ツナさんは会いたいからここで待っていたんでしょう?」

「ハル……?」

「ずっとここにいたのは会いたかったからですよね?だったら、会うべきです!」

「……っ」

「何があったかハルは知りませんが、大丈夫です!羽依ちゃんはすっごくいい子です!」



大丈夫ですよ!とハルは明るく笑う。

ハルは事情をまったく知らない。
真白さんには、ついさっき初めて会った。

会話なんて少ししかしてないはず。

なのにハルは「すっごくいい子」と言う。



「……」



彼女の人柄は、会ったばっかりのハルにだって分かっちゃうんだ。



「ツナ君、大丈夫だよ」

「羽依ちゃんがパーフェクトに元気になったら皆でパーッと遊びに行きましょうね!」

「……サンキュ、ハル、京子ちゃん」

「いいえ!夫を支えるのが妻の役目ですから!それでは、ハルは京子ちゃんとケーキゲットに行ってきます!」

「ふふっ、じゃあね、ツナ君!後でみんなでパーティーなんだよ!」



ハルと京子ちゃんの明るさに救われる。

……って!!真白さんが大変な時にハルは夫とか妻とか何、とんでもない事を言うんだ!

まさか、今の真白さんにまで聞こえてないだろうなっ!?



「……!」



あれ……?
何で真白さんに聞こえてるかもしれないことを心配するんだ?

むしろ京子ちゃんの前で夫や妻だとか言われて訂正しなきゃいけないのに。



「……なん、で?」



自分の気持ちに混乱する。

胸の奥がもやもやとしていると、彼女の話し声が聞こえた。



「…ー…っ」



もう一度、廊下に寄りかかり目を閉じて耳を澄ます。

あぁ、真白さんの声、久しぶりだ。
目が覚めてくれて、本当によかった。

会いたい。
だけど、会えない。

オレなんかが会っちゃいけない。



「……」



どうしても勇気が出ないオレはそう思って、静かに保健室から離れようとした。

けれど、中から聞こえた声に足を止める。



"並盛にいたい。"

「……!」

"みんなと、ちゃんと友達になりたい。"

「…ー…ッ」



保健室の中から山本と獄寺君がオレを呼ぶ。

その声に導かれるように扉にそっと触れた。



「……」



この扉を開けてもいい?

オレなんかが君に会ってもいいの…?



「…ー…っ」



そう考えるより先に手が動いた。
扉を開けたら、彼女はオレを瞳に映して名前を呼ぶ。



『沢田くん…』

「…ー…真白、さん、オレ」



久しぶりに見た彼女は白い顔をしていた。

当たり前だ。
あんなに血が出ていたんだから。

今までだって、オレがたくさん傷つけて血を流した。



「……っ」



顔を見たら何も言えなくなって手を握り締めて俯いた。

言えない。
オレは彼女に何も言えない。



「……」



謝罪の言葉さえ、無理だ。
そんな事を、軽々しく言葉に出来ない。



「………」



オレは俯いて黙っていると彼女は山本たちに支えられながら傍に来てくれた。



『沢田、くん』

「……ッ真白、さん」

『………』

「その、オレ…っ」

『……沢田、くん』

「…ー…っ」

『手、大丈夫?』

「え…っ?」

『庇ってくれた時の、手……もう、痛くない?』

「う、うん……オレの傷なんて、全然……」

『よかった…』

「……!」



オレの傷の心配をする姿に胸がズキンと痛んだ。

それと同時に今まで溜めていた言葉がどんどん、どんどん溢れ出した。



「オレ……ッ」



言いたかった言葉。
だけど、言えなかった言葉。

泣いちゃだめだ。

涙を必死に堪えて、少しでも伝わるように話す。



「…ー…っ」



身体と声が震える。
喉が乾いたように痛くなって、目頭が熱くなった。

こんなんじゃだめだ。
何も伝わらない。

そう思っていたのに真白さんの口から出た言葉はオレの予想を外れていた。



『もう、一度…』

「え……?」

『もう一度、やり直せたらって思わない…?』

「真白、さん…?」

『これも、沢田くんが言った言葉だよ』

「でも、オレ…っ」

『私、"ツナ"くんのこと、好き、だよ』

「……っ」

『今でも、大切な友達だよ』

「…ー…っ!!」



ねぇ、君はなんでそんなに強いの?

何でオレを許してくれるの?

どうして、君はオレを迷う事無く"友達"だって言ってくれるの?



「だめ、だよ」

『……?』

「オレを許しちゃ、だめだよ…っ」

『……!』

「一度、出来た壁はそんな簡単に崩れない…っ」

『壁?』

「ずっと考えてたんだ…っ!!保健室の壁に寄りかかって…っ」

『……?』

「冷たくて分厚くて、壊れない……君とオレの間に出来た壁みたいだって…!!」

『ツナくん……』



辛くて苦しくて、胸の奥が焼かれるように熱い。

痛い程に手を握って涙が出てくるのを堪えていると彼女は静かに口を開いた。



『でも、ツナくん、入って来てくれたよ』

「え……っ?」

『扉を開けて、入ってきてくれた。今は遮る壁なんてないよ』

「……!」

『壁なんて、ないよ』

「…ー…こんな、オレなのに、何でっ」

『握手、してくれた時ね、嬉しかったの。』

「あく、しゅ…?」

『初めましてってね、握手してくれた時、すっごく嬉しかった、の』

「あ………」

『……』



真白さんは何も言わずに手を差し出す。

山本と獄寺君が戸惑っているオレの背中を押してくれた。



「……!」



オレ、彼女の手を、もう一度、握ってもいいのかな…?



「……っ」



話を聞かなくてごめん。

聞こうとしなくて、ごめん。

信じようとしなくて、信じられなくて、ごめん、なさい。



「…ー…ッ」



そっと手を彼女に伸ばす。

オレたちは初めて出会った時のようにもう一度、握手する。

あの頃みたいに温かい手は少しだけ震えていた。



「………!」



違う。
強くなんか、ないんだね。

今だって、きっと怖いんだ。

怖いのを押し込んで、だけど、もう一度、オレを信じようとしてくれてるんだ。



「真白、さん…っ、ごめん、なさい…っあり、がとう…っ」

『ツナくん、私も、ありがとう…』

「……っ」



今度は、絶対に君の温かさを忘れない。

優しい君を知ってるから、何があったって信じる。

もう、自分を見失ったりしない。



「………」



これから楽しい日々が始まるって思ってた。

だから、こんな事が起きるなんて思いもしなかった。



「……」



君は悩んで悲しんで、傷つくことになるかも知れない。

だけど、今度はオレ達が、オレがちゃんと傍にいるよ。

山本や獄寺君みたく強くないけど守りたいんだ。



何があっても、君はオレ達の大切な仲間だから。



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加筆修正
2009/06/14


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