私と骸、そして犬と千種で研究所を抜け出した。

しばらく隠れるように転々と廃墟を移動する日々が続く。

エストラーネオファミリーに見つからないように、大人に見つからないように。



『……』



夜は暗闇は私を包む。

暗いところはきらい。
だから、暗くなる前に私は眠りにつく。

けれど、眠りにつけば夢を見る。

それは決まって暑苦しい、真夏の夜。



『……っ』



殺した人達の事、血の生臭さや私を映す怯えた瞳。

肉を切り裂くあの感触。

夢なのに、全てを体感しているかのように感じて怖くなって目が覚める。



『あ…、はぁ…っ、ゆめ…?』



仮宿の廃墟の崩れた窓から外を眺めれば不気味に月が輝いている。

どこにいても月は見える。

まるで私を見張っているかのよう。



『あ…、う……っ』

「おや、まだ起きていたんですか?」

『……っむ、くろ』



気持ちが悪くなりベッドの上でうずくまっていると、気配を感じた骸が声をかけてくれた。

身体をビクッとさせた私を不思議に思ったのか、骸はこちらに近づいて頬をそっと撫でる。



『あ……』

「涙、出ていますよ。怖い夢でも見ましたか。」

『わたしが、わる、いの……っ』

「殺した者の記憶、ですか」

『……っ』

「羽依、君は悪くないですよ」

『違…っだって殺し……っ』

「殺したのは事実です。」

『…ー…っ』

「ですが君の意思ではなかった。」

『で、も……っ!』

「今の君は涙を流せる、悔やむ事も出来ている。」

『悔、やんだって…』



過去は変わらない。

そう言おうとした私の言葉を骸は遮るように話す。



「えぇ、変わりませんよ。哀しい事ですが事実です。」

『……っ』

「ですが、変わってはいけるんです。」

『………』

「君が泣いて笑って、そうする事で未来はどうとでも変わります。」

『む、くろ……っ』

「過去を忘れろとは言いません。ですが、縛られるのはいけませんよ」

『……』

「君には未来があるんです」

『未、来……』

「えぇ、前だけを見なさい」

『ま、え……』

「さぁ、お喋りはおしまいです。明日も早いんですから眠りましょう」



私をあやすように撫でて、骸はベッドに横になるように促す。

いつまでも目を閉じない私に骸は息を吐くと、すぐ傍で同じように横になってくれた。



「ほら、僕もこうして傍にいますから」

『……むくろ』

「一人では泣かないでください。君は幸せにならないと。」

『……』

「……羽依」

『…む、くろ』

「例えば離れていても、傍に居なくても…」

『……?』

「君にとって、辛い状況だとして君を一番に想います……」

『な、に…?これから、何かおきる、の?』

「大丈夫ですよ、安心してください。けれど、これだけは覚えておいてください」

『え……?』

「僕は君の幸せを願っているんです。この先、何があったとしても。」



髪を撫でられ目蓋にキスを落とされる。
それだけで安心して、私の意識はふわふわになってきた。



「おやすみなさい、いい夢を」

『………』



骸が傍にいるだけで、不思議なことにスッと眠れた。

今夜はきっと、もう怖い夢は見ない。












あなたは夜空にうかぶ月みたい



end



加筆修正
2009/06/14


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