暗闇の中、獣のような声が聞こえる。
その声は私がよく知る人物に該当した。

だけど、信じたくなくて違う人なんじゃないかと僅かな期待をしてしまう。



『……っ』



頭では、もう分かってる。

声の主は、犬。

幼い頃からずっと一緒にいた、城島犬。



「柿ピー寝てるし、命令ねーし。暇してたら丁度、オレの獲物が来たなんて超ハッピー」



そう言って彼は暗闇から姿を現し、山本くんと向き合った。








約束



いつもの調子で犬は話している。
だけど、瞳はいつも以上に鋭くて怪しげに光っていた。

上にいる私達を見て声をかけて来たけど、視線が重なることはない。
私の事なんて視界に入っていないようだった。



「ひぃぃ、怖ぇーっ!!」

『……っ』

「おい、羽依、まさか、あいつも…」

『……っう、ん』

「羽依ちゃん?獄寺君……?」

「お前らも後で殺ったげるかんな、お友達が殺られんの、そっから見てろよ」

「ははっ!」

「んぁー?何、笑ってんだ?んな余裕、あると思ってんの〜?」

「わりぃわりぃ!そういう意味じゃなくてさ!」

「……?」

「お前、すげー演技だな!ナリもいつの間に変わってるしさ!さっきの死んだ犬の人形も、どういう仕掛けなんだ?」

「………天然って奴?ま、いいや、教えてやるよ」

「んっ?」

「ゲームのカセットと同じ。」

「……?」

「オレの場合は歯を取り替えると動物の能力を発動できるんよ」

「歯……?」

「こんな感じでな。へへっ、チーターチャンネル!!」



よーい、どん、と言わんばかりに犬は走り出した。

走りながら器用に歯をチェンジさせて瞬きも出来ないくらい素早く攻撃を仕掛ける。

山本くんはとっさにバットを刀に変形させて攻撃を受けると、その刀はいとも簡単に犬によって折られてしまった。



「獄寺君、羽依ちゃん、どうしよう!山本が!」

『山本くん……っ』

「まずいわね、ここからじゃ何も出来ないわ」

「つーか、何なんだよ、ありゃ…!!人間じゃねーだろ!!」

『……!』



こうして話してる間も犬は山本くんに襲い掛かっている。

けれど、山本くんは攻撃をせず避けているだけ。

そんな山本くんにイライラが募ったのか犬は乱暴な口調で話しかけた。



「おいっ!逃げてばっかで勝てると思ってんのか!?」

「そういう訳じゃねーけどよ」

「んじゃ、何だって言うんだびょん!!」

「んー、オレにはマフィアごっこ以外にも大事なもんがあるんだよ」

「あぁ?」



戦いは目で追えないくらい早く進む。
刀を折られた山本くんは野球の大会が近いから怪我をしないように注意を払っているみたいで全力を出せないでいた。

だけど、犬は色んな歯を使って山本くんをジリジリと確実に追い込んでいる。



「あぁ!どうしよう、リボーン!」

「だったら、行ってくりゃいいだろ?」

「……は?って、ちょーッ!!」

「これで囮くらいになんだろ」



リボーンくんはニヤリと笑うと勢いよくツナくんを穴へ突き落とした。
いきなりの思わぬ行動に私も獄寺くんも反応が遅れてツナくんは下に真っ逆さま。

運悪く、犬のすぐ傍に落下してしまった。



「んぁー?囮ー?」

「いてて……って!ひぃぃ!」

「だったら、こいつから狩るか」

「何やってるんですか、リボーンさん!!十代目ぇぇぇ!!待っててください!オレも今、行きますっ!!」

「お前が行ったらボムで吹っ飛ばすだろ。生き埋めにする気か。」

「で、ですが…ッ!!」

『……っ犬!!』

「……!!」



私はふわりと飛びツナくんの元へと降りた。

何も出来ないかも知れないけど、庇うようにツナくんの前に立つ。

その様子を見て犬はべろりと舌なめずりをして私を鋭い瞳で睨む。



『犬、やめて…っ』

「………」

「羽依ちゃん!?何で、この人の名前を知ってんのーっ!?」

「さぁな〜、お前、誰だったけな〜」

『犬…っ!』

「うっせぇな!お前が先に殺られてぇの?」

『………っ』

「退かないっつーのはそういう事だよな〜?」

『犬……!!』

「お望み通りにしてやんよ」



牙や爪を鋭くさせて私を瞳で捕らえる。

どうして、そんな事を言うの…?
やっぱり私はもう仲間じゃない、の?



『……っ』



暗闇の中、犬の言葉が冷たく響いて沈黙が流れる。
その沈黙を破ったのは山本くんだった。



「……羽依」

『山本、くん…?』

「こいつ、羽依のダチなのか?」

「………!!」

『……っ』



みんなに緊張が走る中、山本くんは私に犬との関係を問いかけた。
山本くんに視線を移すと、私が頷くよりも早く犬は叫んで行動を遮る。



「知らねーって言ってんびょん!!こんな女!!」

「だけど、よ」

「てめぇの相手はオレだろっ!?大体、戦ってんのに暢気に話してんじゃねーびょん!!」

「………」

「チーターチャンネル!!へへ、いったらきまーす!!」



歯を入れ替えて、びゅんっと走り出す犬のスピードは先程よりも格段に上がった。

山本くんも石を投げるけど、素早く交わされる。
そして、犬の鋭く変化した牙が山本くんの腕に食らいつく。



「く……っ」

「へへ……っ」

「山本っ!!」

『山本くん…っ犬……ッ!!』



ギリギリと食い込む腕に牙、山本くんは痛みから眉をしかめている。
山本くんは血が流れているのも構わず、そのままゆっくりと話しかけた。



「お前、羽依のダチじゃねぇんだな…?」

「んぁー?さっきから言ってんびょん!!あんな奴、ダチでも知り合いでもねーってよ…!!」

「……だったら」

「……?」

「だったら、加減はしないぜ」

「は?何、言って……」

「こんだけ食い込んでりゃ、動けねぇだろ」

「…ー…っ!!」

『犬っ!?』

「ぎゃん…っ!!」



山本くんは折れた刀の柄を使い、犬の頭に攻撃する。
ゴッと鈍い音が響いて犬はどさっと地面に倒れた。

ふーっと深呼吸をしている山本くんにツナくんと私は急いで駆け寄る。



「……羽依のダチでも知り合いでもねぇなら悲しませるんじゃねぇよ」

「…ー…っ」

「試合終了、ってな!ははっ」

「山本!!」

『山本くん……!!』

「おっ、二人とも無事か?」

『早く手当てしなきゃ…っ血が…っ』

「そうだよ!野球の試合があるのに!」

「ははっ、二人とも慌てすぎだって!これくらい余裕余裕!それに……」

「……?」

「今はダチより、仲間より大切なもんなんてないぜ」

「……!!」

「ツナが気づかせてくれたんだぜ!だから、そんな顔すんなって!羽依もな!」

「山本……」

「心配しなくても次の試合は満塁ホームラン打つぜ!羽依にホームラン、見せるからさ!」

『山本くん…』

「次の試合、ぜってー打つからよ!見に来てくれよ!」

『……』

「約束なっ?」

『…ー…うん!やくそく!』



私は翼を出して山本くんとツナくんを地上に運んだ。
地上に戻るとツナくんたちはディーノさんという人からの情報を元に"六道骸"の事を話している。

その間に私は静かに犬の元へと降りた。

ロープで縛られて自由がない。
その顔を覗き込むと、まだ目が覚めてないようだった。

汚れた頬をセーターの袖で拭うとじわりと血が滲んでいく。



『犬……』

「……」

『大、丈夫…じゃない、よね…』

「……」

『痛い、よね…』

「…………」



ごめんね。
そう呟いて血を拭っていく。

ねぇ、犬。
やっぱり、この計画の中心は骸なの…?

静かな暗闇の中、小さく語りかけた。



『……今日、ね、骸達に会いに行こうって思ってたんだ』

「……」

『もちろん、こんな形じゃなくて元気にしてるかなって…千種の作ったご飯、久しぶりに食べたいなって…』

「…………」

『私……』

「………」

『もう、犬や千種…骸達の仲間じゃ…ないの、かな?』



返事がない、だからこそ今の言葉が言えた。
弱いと思う、ずるいと思う。

だけど、不安なこと言葉にしたかった。

いつもの犬ならきっと「何、馬鹿なこと言ってんだびょん」なんて言ってからかってくれる。

それで、きっと安心して私も一緒に笑うんだ。

だけど、さっきの犬なら



『お前なんて仲間じゃない、って言うの、かな…?』

「………」

『私は…犬が、好きだよ……』

「……」

『……今も大切な、仲間だって思ってる』

「……」

『例え、離れていても、これからもずっと』



土埃を払うように犬の髪をサラリと撫でた。

上では私を呼ぶ声が聞こえる。
返事はないけれど、もう一度、犬に声をかけて私は地上へと戻った。



「………っ」

『……』

「……何で」

『………』

「…ー…何で来ちまったんだよ、バカ羽依」

『………?』



小さく小さく囁かれた言葉。
その犬の言葉は私の耳に届くことはなかった。



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加筆修正
2011/11/21


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