最近、放課後になると音楽室の方からピアノが聞こえる。特別上手いとは感じないが、どうしても耳を傾けてしまう。
 楽譜通りに刻まれるはずの音譜は長さがまちまちだし、何より速さも一定じゃない。どこか偉そうなピアニストのようにわざとそんな風にしているとは思えなかった。
 聞こえてくるのは『別れの曲』有名なショパンが作曲したものだ。
 昔、まだ親父のところにいたときに、あの人から教えてもらった曲。いつでもあの人に褒めてほしくて、必死になって練習した曲だった。

「獄寺君? どうかした?」
「十代目……いや、」

 なんでもない、と言おうとした矢先、曲が途切れる。いつもなら最後まで続くのに、いきなりの中断。
 思わず、音楽室の方を振り仰いでしまった。俺らしくもない。今にも校門から出ようとしている俺にそこが見えるわけではないのだが、そうしなければならないような気がしていた。

「獄寺君?」
「すいません。俺、急用ができたんで行ってきます!」

 十代目への挨拶もそこそこに昇降口へと引き返す。
 何故だか急ぐ必要がある気がしていた。普段ならほっとくのに、だ。いつしか、自分の息が上がるのも気にしないで階段を駆けあがる。

 こんなに必死になるなんて、俺はどうかしいている。あの頃のことは忘れようと、考えないようにと思っていたのに、体に染み付いたピアノだけは拭えないようだ。
 プロになりたいと願ったことはない。さらに日本にきてからはまったくと言っていいほど、触っていない。それでも、ピアノは俺とあの人を繋ぐ唯一のものであるのは変わりなかった。

 気づけば、もう音楽室までせまっていた。不意に足を止めると、開け放たれた窓から風が吹き込む。それは火照った体にあたって、気持ちいい。
 ふと、足元に白い紙が落ちてきた。びっしりと黒いものが書き込まれたそれを見逃すわけにもいかず、拾い上げる。

 楽譜だった。
 丁寧に書き込みがしてあるそれを指でなぞるうちにそれが聞き慣れた曲のものだとわかる。
 俺自身もよくこれを使っていたのだから、見間違うはずがない。

「あ、待って!」

 声がして、すっと音楽室の方を見る。普段閉じられているはずの扉は開け放たれている。それも全開。いくらかの楽譜も飛び散っていて、その真ん中あたりで慌てふためいている女子がいた。
 必死こいて、楽譜を集めて、他に落ちていないかと探している彼女。自分が拾った枚数を確認していたが、足りない部分があるようで、再び床の上を探し始める。
 よく見るとクラスメイトの苗字名前だった。

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