Fiore di Ciliegio

 イタリアに渡って何度目かの春がきた。
 ボンゴレ屋敷内に植えられた桜は咲き誇り、俺たちの目を楽しませてくれる。
 しかし桜を楽しむ前に俺の心の中では、アイツのことが引っかかって仕方がない。窓から桜を見下ろしつつ、十代目に渡すはずの書類を握り締めた。

「なあ、今何してる?」

 言いようのない不安な気持ちに駆られて、思わず呟いてしまった。
 ここには守護者くらいしかこない。だからこうやってぼんやりとしているのも、アイツ――柚夏のことを考えていても、誰かに見られることもなかった。それが余計に自分のベクトルを柚夏に向けてしまう。
 ふと、窓に映る泣きそうになった自分の顔に気付いた。これじゃあ右腕失格だと思い、こんと額を窓に押し当てる。

 ここまで柚夏のことを思い出したのは久しぶりだった。
 中学ではいつも隣にいるのが当たり前で、高校でもそれは変わらなかった。けれど俺が――正確には十代目と俺たち守護者がイタリアに渡る決心をしたとき、柚夏は日本にいたいと言い、俺はそれでいいと思った。そして、アイツと別れる決心をした。
 それはやはり、多くの血が流れいつ自分の命が尽きるかわからない混沌とした世界に、柚夏をつれてくるには躊躇いがあったからだと思う。
 しかしこちらにきてから数年。自分の中にある柚夏が大きな存在だったと思い知った。特にこうやって桜の季節がやってきたときには。

「十代目、書類をお持ちしました」
「ありがとう。そこにおいといてくれる?」
「はい」

 けれど今は感傷に浸っている場合ではない。
 こちらに来ていくらか年月が流れたが、まだ十代目に反発するマフィアもいるし、秩序を守らないやつらだっていくらでもいる。
 それが落ち着くまで、のんびりとはしていられなかった。

「ねえ、獄寺君」

 忙しそうに書類を処理していく十代目の邪魔をしては悪いと思い、部屋を出て行こうとする俺に声がかかる。
 振り返れば、十代目が少しだけ、ほんの少しだけすまなさそうな顔をして俺を見ていた。
 もしかして、紅茶か何かほしいものがあるんだろうか、と思ったが、その考えはすぐに打ち消される。

「日本に飛んでくれないかな」
「日本、に……?」
「うん。並盛の様子をみてきてほしいだけなんだけど……それに母さんにも渡したい物があってさ」
「それなら、十代目自身が行かれたほうが喜びますよ?」
「それができないから、獄寺君に頼んでるんだけど」

 そう言われては何も言い返せなかった。
 大人しく承諾して、すでに用意されてあった日本行きのフライトチケットを貰う。

「まあ、たった二日だけど、楽しんできて」

 そう言った十代目の笑顔は、どこか楽しんでいるように思えて仕方なかった。


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