入学式と雨宿り



「うん、明日から始まる。…え?大丈夫だよーなんとかなるって。…うん、じゃあねおやすみ。
………ふぅ」

通話を終えたケータイの電源ボタンを押し充電器にさす。
電話の相手はスクアーロ。
イタリアに来て数週間。スクアーロは意外に忙しい人らしく実際直接会ったのは最初の2日だけだった。今では時間がある時に向こうから電話をくれる。
会ってそんなに時間は経ってないけど仲良くなれたみたいで何だか嬉しい。

「山本に感謝かな…」

山本がいなかったらあたしとスクアーロは出会ってないだろうし。

「ん?」

噂をすれば、山本からのメールだ。

「なになに…」

〈いよいよ明日からだよな!頑張れよ!おやすみな!〉

山本との連絡はメール。
大抵夜、(つまり日本では朝)に送られてくる。ありがとう、おやすみと返しケータイを閉じる。

「明日からかー…」

そう、明日から学校が始まる。入学式だ。イタリアの大学…ついてけるかな。数週間ここで生活してイタリア語には大分慣れてきたけどまだまだだ。頑張ろう…そんなことを思いながら眠りについた。


+++


「“じゃあねなまえ!”」

「“うん、バイバイ”」

入学式は意外と早く終わった。席が近くて仲良くなった友達と別れ帰り道を1人歩く。
…さぁ真っ直ぐ帰るか寄り道するか。まあせっかく外出てるんだし寄り道だな。



「“はいよ、なまえちゃんいつもありがとね。今日も公園かい?”」

「“うん。ありがとうおじさん”」

ということでサンドイッチ屋さんで遅めのお昼ご飯を買って公園に向かう。

「美味しい」

スクアーロとの散策で見つけたサンドイッチ屋さんは今では行き着けになっていて店のおじさんに名前まで覚えられた。

「でもこんな日に一人もねー…あ」

スクアーロに電話してみよう出ないかもしれないけど。着信履歴から電話をかける。
あ、繋がった。

「もしもし」

『なまえかぁ。どうした?今日は入学式だろぉ』

「うん。意外と早く終わってさ。今公園でお昼食べてるの」

『う゛お゛ぉい、ずいぶん遅い昼飯だなぁ。一人かあ?』

「うん、あ、今鳥が寄ってきた。ちゃおー」

『…何か用かぁ?』

「いや、そういう訳じゃないんだけど…スクアーロは仕事?」

『あぁ』

「そっか。仕事中ごめんね。頑張ってね」

『……あぁ。お前も暗くならねーうちに家帰れよぉ』

「うん、じゃあまたね。
………ふぅ。」

ぱたんとケータイを閉じる。仕事かー…まぁ平日だしそうだろうとは思ってたけど。仕事忙しそうだもんな。何してるか知らないけど。
でも久しぶりに会いたかったなー…なんて、電話で喋れただけでもいいか。

「……帰ろうかな」

そう思い荷物をまとめようとした時だった。手のひらにぽつりと冷たいものがあたる。

「あ、雨……」


夕立…にわか雨かな。
とりあえずあの大きな木の下に入れてもらおう。


+++


「スクアーロ隊長、次の任務の資料できました」

「あぁ、そこに置いとけぇ」

今日はアジトで書類整理。
ヴァリアーは暗殺部隊だが報告書や任務情報の確認などの事務の仕事もある。事務処理役がいない訳ではないが最終確認なんかはオレに回ってくるのだ。何でってあのクソボスは事務の仕事なんてしやしねぇからなぁ。

「……雨かぁ」

窓をたたく音に外を見ると雨が降っていた。
………あいつ公園にいるとか言ってたな。あいつのアパートと公園はそこまで距離ねぇしさすがに帰ってるか?

「………」




「あり?スクアーロは?」

「何か傘持って出て行きましたよー」

「は?何しにだよ」

「知りませんーそんなことミーに聞かないでくださいー…堕王子」

「てめっ、カエル!ボソッと何言ってやがんだ!」


+++


「う゛お゛ぉい、何してんだぁ…」

公園にいると急に降り出した雨。木の下に座り雨宿りをしていると上から聞き覚えのある声が降ってきた。
顔を上げると声の主が傘を持って立っていて。

「……スクアーロ?何でここに…」

「急に降ってきたからなぁ」

声の主…スクアーロは言った。雨降ってきたから迎えに来てくれたって…わざわざ傘二本持って…?


「…仕事は」

「大丈夫だぁ。家まで送るぞぉ」

電話で仕事中って言ってなかったっけと思い尋ねると返ってきた答え。
何が大丈夫なんだ。雨だからあたし迎えに来たってそんな理由で仕事抜けるって社会人としてどうよ。しかも別にあたしが帰ってない保証はないのに…

「……ありがと」

とか色々思ったけど、やっぱり嬉しかったから素直にそう言って立ち上がる。差し出された傘とタオルを受け取りくしゃくしゃと濡れた髪をふいた。


「…学校はどうだったんだぁ」

帰り道。スクアーロに尋ねられる。

「入学式だけだからすぐ終わった。あ、友達できたよ日本好きの友達」

席が隣になった女の子は日本が好きらしく、だから日本人も好きらしく話しかけてきてくれたのだ。日本人でよかったと思った。

「良かったなぁ」

「うん。イタリアの人みんな優しいね」

その友達もサンドイッチ屋のおじさんも花屋のお姉さんもみんな優しい。彼女達の顔を思い出し笑みがこぼれる。

そうこうしている内にアパートに着いた。

「傘ありがとう。タオルは洗って返すね」

「あぁ、風邪ひかねーようになぁ」

そう言って帰っていったスクアーロを見送り部屋へ向かう。


スクアーロに言った通りイタリアの人はみんな優しいと思う。少なくともあたしが今日まで出会った人たちは。
でも何よりスクアーロが優しくて。
ここに来てよかった。そう思えることが嬉しかった。




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