出会い



「着いた…」

イタリア。
長い空の旅の後、空港から出ると天気は快晴。
明るい日差しと風が心地いい。

「そうだ、メール」

飛行機の中でオフにしていたケータイの電源を入れメールを打つ。

「無事着きましたよ、と」

相手は日本にいる友人、山本武。
高校の同級生である山本は同じく高校が一緒だった沢田くんと獄寺くんと一緒にあたしを空港まで見送りにきてくれた。
アドレス帳を開くと今日新たに登録された彼の電話番号。(今まではメアドしか知らなかった)
何か困ったこととかあったら電話してくれな!と言われ見送りの時にもらったんだけど……いや、日本にいる君に電話してもね。ってな感じなのでとりあえずメールを送信する。


「よし、送信完了。まずはアパートに行かないとね。えーっと地図はっと…ってえ!?」

地図を取り出そうとカバンの中を探っていると隣に置いていたスーツケースがなくなった。
……なくなった?
バッと顔を上げると帽子を被った男の人があたしのスーツケースをもって走り出すのが見えた。
え、まさかのスリですか?スーツケースなんですけど。ガラガラいってるんですけど…
ていうか困ったこと発生!?や、山本に電話…!
ケータイを取り出し数時間前に聞いた番号を押しながらケータイ片手にスリを追いかける。

ピッ

数回コールした後電話が繋がった。

『Pront』

しかし聞こえてきたのは何故かイタリア語。
山本イタリア語話せたっけ。っていうか今ふざけてる場合じゃないから!

「スーツケース盗られた!た、助けて!」

『…Chi e'?』

誰だ?って怪訝そうな声。
あれ?よく考えたら山本の声じゃない…間違いか電話か!

「ミ、Mi Scusi!」

一応謝罪して電話を切る。
そうしている間にもスリとの距離はどんどん広がっていく。
やばいよ。あの中色々大事なもの入ってるのに…てゆうか見るからにスリなんだから見て見ぬふりしてないで誰か止めてよ。
あ、曲がり角…見失っちゃう。
もう限界だと立ち止まった時、進行方向からざわっとどよめきが聞こえた。不思議に思って顔を上げると目の前に長い銀髪の人。
うわ、キレイ。


「“お前のかぁ?”」

「あ…」

あたしのスーツケースを差し出して言ったお兄さんにこくこくと頷く。
…取り返してくれたんだ。

「“気をつけろよぉ”」

「あ、Grazie…!」

スーツケースを渡して去ろうとしたその人の後ろ姿に慌ててお礼を言う。
優しい人もいるもんだな…
それはそうと何で電話繋がんなかったんだろう。まぁ今考えると日本にいる山本に繋がったとこでどーもならなかった気はするけど。
もっかいかけてみよ。

リダイヤルから先ほどの番号にかけ直すと同時に後ろから着信音が聞こえた。すごいタイミングだなぁ。
あ、繋がった。

「もしもし?」

『Pront?』

聞こえたのはまたしてもイタリア語。
あれ…今声二重に聞こえなかった?
気のせいかなと思いつつも振り返るとさっきの銀髪お兄さんが振り返っていた。ケータイを耳に当てたその人と目が合う。
しばらく目があったまま放心状態になる。先に我に返ったらしいその人が近づいてきた。

「“う゛お゛ぉい、お前今誰に電話かけてんだぁ!?”」

「は?」

あたしの前で止まった彼がイタリア語で言う。
え、早口っ。まだ本場のイタリア語慣れてないんだよね。全然聞き取れないよ。困ったな。

「……ワタシイタリアゴワカリマセン」

何かを聞かれていることは分かったが何を聞かれているか全く分からなかったのでソレデハ、と去ろうとしたら腕を掴まれた。
え、なに。

「……ジャッポネーゼか」

あたしを見下ろして日本語で呟いたその人。

「あれ、日本語…あ」

ちらりと見えた彼のケータイの画面には通話中の文字。
あたしのケータイも通話中で…ていうことは…

「…ケータイの画面見せてみろぉ」

「あ、はい」

番号が映った自分のケータイの通話中画面を見せる。これがお兄さんの番号ってことかな。

「…ちっ。どこでこの番号知った」

「やっぱりお兄さんの番号なんですか」

「早く答えろぉ!」

「友達の番号…のはずです」

舌打ちしたお兄さんの言葉にやっぱりと思ってそう言うと怒鳴られた。
う、そんな大きい声出さなくてもいいじゃんと思いながらも答える。

「友達だぁ?」

「…山本武」

怪訝そうな顔のお兄さんにこの番号を教えられた人物の名前を答える。

「お前山本武の知り合いかぁ…」

「山本知ってるんですか?」

「………」


え、シカト?
お兄さんは自分のケータイをピッピッと押すと電話をかけ始めた。
あたしはどうしたらいいのかな。


「う゛お゛ぉい!山本武ぃ!お前なに人の番号勝手に教えてやがるんだぁ゛!」

しばらくするといきなり怒鳴ったその人。びっくりした。声でか。

電話に向かって「あ゛ぁ!?」とかなんとか言ってるお兄さん。
会話は聞こえないけどお兄さんの言葉から相手は山本で勝手に番号教えられたんだなってことが分かった。山本だめじゃんと思ってると舌打ちしたお兄さんに無言でケータイを差し出される。
え、かわれってこと?山本だよね。


「もしもし…」

『よ!なまえ!会えたみてーだな』

電話から聞こえてきたのはやはり山本の声だった。

「山本…会えたってこの人知り合い?山本にかけたのに違う人が出たからびっくりしたよ。何他人の番号教えてんの」

『…誰もオレの番号なんて言ってねーのな!』

「いやいやいや…」

明るい声で言った山本。
なんか今見えないのにあの爽やかな笑顔が目に浮かんだよ。恐ろしい子だなほんと。

『スクアーロいい奴だしきっと助けてくれるぜ。イタリアで1人暮らしなんて慣れてねーうちはいろいろ大変だろ?オレから説明しとくからさ。かわってくれるか?』

「はぁ」

何か状況についていけないな。なんなの山本と思いつつもお兄さんにケータイを返す。



「う゛お゛ぉい!何でそうなるんだぁ!」

電話に向かって怒鳴ったお兄さん。山本今度は何を言ったんだ。
怒鳴りっぱなしのお兄さんを少し離れて眺める。ほんとに声大きい人だな…


「う゛お゛ぉい、待…」

最後まで言えず止まったと思うと画面を見つめてフリーズしたお兄さん。
…山本切ったな。


「…行くぞぉ」

お兄さんがあたしの方を振り返って言う。

「え?」

行くってどこに…

「アパートに行くんだろぉ。送ってやる」

「えぇ?」

送ってくれるんですか?
貸せと荷物を持って歩き出したお兄さん。
何か怒ってるみたいなんですけど…スーツケース取り返してくれたし悪い人ではないよね。まぁ山本の知り合いなら大丈夫か。

こうしてあたしのイタリア生活が始まった。




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