むかしむかし、とても仲のいい兄弟がいました。力持ちで、少し乱暴者だけれど本当は優しい兄と、聡明で、周りの人を大切に出来る弟。二人はいつも一緒で、父さんや母さんに愛されて大切に大切に育てられていました。 ある日のことです。母さんが、二人の兄弟に言いました。 『森に住んでいるおばあさんに、お薬とパンを届けてちょうだい。』 兄と弟は喜んで母さんのお願いを受けました。二人は、母さんが大好きだったからです。 二人は見送る母さんに手を振ると、勇んで森へと歩きました。途中、聡明な弟の幽が、道に迷わないようにと、母さんが持たせてくれたちいさな星のような飴を、自分たちが歩いた後の道に落としていきました。 初めは、探検のような気分で、二人とも歌を歌いながら楽しく森を歩いていました。けれども、いくら歩いてもおばあさんの家は見えてきません。あたりはどんどん暗くなっていきます。そして二人はとうとう、迷ってしまいました。 真っ暗な森の中、不気味な物音が上から、横から、後ろから、聞こえてきます。落ち込んで立ち止まってしまった静雄の服を掴みながら、幽は来た道を振り返りました。落としたはずの小さな飴玉を探すためです。けれど、真っ暗な森の中では、いくら探しても、星の飴は見つかりません。とうとう幽も途方にくれて、兄の手を掴んだまま、すんすんと鼻を啜りはじめました。 困ってしまったのは静雄です。静雄は、幽のことをとても大切にしていたので、どうにかして幽を泣き止ませようと考え出しました。そして、とにかく家に帰ろうと、がむしゃらに森を歩き始めてしまいました。父さんに教えられた、森で迷ったときの約束事も、すっかり忘れてしまっています。 がさがさと、後を付いてくるような落ち葉の音に静雄と幽は振り返り振り返り、足をとめることも出来なくなりました。とまってしまったら、何か恐ろしいものに捕まってしまうように思えてからです。 すると、不意に幽がぴたりと足をとめました。繋がれた手を小さく引っ張れば、静雄の今にも泣き出しそうな顔が振り返りました。幽はすっかり乾いてしまった涙の後を拭いながら、小さな声で言いました。 『兄さん、あっちから、お菓子の匂いがするよ。』 幽の指差すほうには、確かに小さなオレンジの光が見えます。それまでまったく見えなかったのに、おかしいなと静雄は首を傾げましたが、それよりも安心と、それから空腹が上回りました。確かに、甘くてとてもいい香りがします。 『もしかして、ばあちゃんかもしれないな。』 静雄はそう幽に言うと、もう一度手をきつく結んで、その光へと歩き出しました。 # 光の元にたどり着いたとき、兄弟は思わず声をあげて驚いてしまいました。なんとそのこあったのは、お菓子で出来た小さな家だったのです。 ドアはチョコレート、窓枠はビスケット、レンガの壁はココアのクッキー、庭にある花壇の花は、色とりどりのジェリービーンズやキャンディ。甘い香りの原因は、このお菓子だったのです。 森を歩き回った二人のおなかは、ぐう、と小さな音を立てました。兄弟は顔を見合わせ、おそるおそるその家に近づいていきます。とろりとした蜂蜜の水溜りをよけて、ビスケットの窓枠に手を掛けると、そっと中を覗き込みました。中では赤い炎が暖炉でゆらゆらと燃えていました。見渡してみても、どうやら人は居ないようです。ごくり、二人は喉を鳴らしました。静雄が、ゆっくり、オレンジのジェリービーンズの花に指を伸ばしました。 『おや、そこにいるのはだれだろう』 あとすこしで、透き通った茎に触れそうなところで、二人の頭の上から、青空のような声が降ってきました。二人は握っていた手をまたきつく握り合いました。そっと、声がしたほうを振り返ります。二人が振り返ったそこにいたのは、何もかもが真っ黒で、だけれどとても綺麗な顔をした、一人の男でした。 男はにこにこ笑いながら、二人をじいっとみつめて言いました。 『これはこれは珍しい、かわいいお客さんだ。こんな夜更けにどうしたんだい?』 夜より暗いローブを翻しながら、男はお菓子の家の、チョコレートのドアに付いたロリポップキャンディでできたノブを捻りました。かちゃりとドアが開き、暖かな光と、おいしそうなパイの香りが二人を包みました。幽は男を見上げ、小さな声で言いました。 『祖母の家に、パンと薬を届けに来たのです。このあたりに、一人暮らしのおばあさんはいませんか。』 『この森に?……さあ、どうだろう、いたかもしれないし、いなかったかもしれない…』 『どっちかはっきりしろよな……』 静雄の呟きに、男は目を細めました。その、まるで林檎のように真っ赤な瞳に、静雄は少したじろぎましたが、負けじとその瞳を睨み返しました。静雄のそんな反応に、男はおや、と驚いたような顔をし、一層笑みを深めました。 『まあ、こんな夜だし、きっと探していても見つからないだろう。よかったら、今晩はうちに泊まっておゆき。』 『でも……』 『おいしいパイも、あたたかいスープもあるよ、それに、ほら』 そこから動こうとしない二人に、男は、ジェリービーンズの花を一輪ちぎると持たせてあげました。 『ここにあるお菓子を、好きなだけ食べてもいいよ。なあに、たったの一晩さ。遠慮することないんだよ』 ぶわりとローブを翻し、男は兄弟を包み込むようにして、その背中を押します。男からは、お砂糖とシナモンの香りがしました。静雄は、ちらりと聡明な弟を見ます。知らない人に、付いていってはいけない。これも父さんとの約束事の一つでした。弟の幽はこの約束を覚えていましたが、寒くて暗い森の中、朝まで待つにはまだまだ長すぎると悟っていました。 こくり、と頷いた幽に、静雄はほんの少しだけ嬉しそうい笑いました。歩き回ったおなかの中は空っぽです。二人の背後では、男はまだ、にこにこと笑っていました。 続きます。 ハロウィーン! |