小説2 | ナノ


※神//様//の//ボ//ー//ト の中途半端なパロディです。ほんとうに中途半端かつラストシーンのパロディです。注意してください。
※シズイザに子供がいます。津軽です。ファンタジーです。女体化ではないです。







ずっとずっと、待っている人がいる。
その人は太陽のような髪で、しっとりとすこし湿っていてひどく心地がいい肌で、熱い体温で、俺を抱きしめてくれるときには少しきつく抱きしめてくれる。そのとき、彼からは爽やかな整髪剤と、煙草と、彼の体の香りが混ざってとても素敵な香りがする。そうされることはとても幸福なことで、俺はなによりも彼の腕の中が一番安心できる。俺は、彼に出会ってからずっと、骨までとろけるような恋をしている。
だから、ずっと、ずっと、あの人が俺を迎えに来てくれるまで、神様のボートにのって、たゆう時間を流れていく。一所にとどまってはいけない。あの人がいない場所に、慣れてはいけない。俺と、俺とあの人の大事な津軽と一緒に、小さなボートに乗るようにして、ずっと。

臨也は、いつまでもそんな夢みたいなことを言って、ずっと迎えに来てくれない父さんを待ち続けて、それで、いつになったら、俺のことをほんとうに考えてくれるの。

高校生になる津軽が、あの人にそっくりな背骨を俯かせて、俺に似ている鼻を啜りながら、じっと俺を見て言った。今にも泣いてしまいそうな津軽の、あの人からもらった肩甲骨にふれると、目をきつく瞑った津軽は身をよじって俺の手から逃れた。
俺とあの人の、大事な大事な津軽。あの人と旅行した外国のビーチで、とろけるほどに甘い金色のカクテルを飲んで、砂と潮でしょっぱいあの人の肌を舐めて、日差しよりも熱く抱き合ったときに出来た、俺たちの津軽。

俺は、もう、臨也の神様のボートには乗っていられない。高校も、寮に入ることにするよ。……臨也は、すこし、疲れてしまっているよ。

それだけ言い残して、まっすぐな背骨をした、あの人に似ている津軽は行ってしまった。一人ぼっちになった俺は、逃げるようにして引越しを繰り返した。引っ越す周期の幅はどんどん狭まっていく。1年、10ヶ月、5ヶ月、1ヶ月。あの人も、津軽もいないのに、俺はどうしてそこに留まっていられるだろうか。俺はスーツケースだけを引きずって、ひたすら町々を点々とした。そして、あの人と出会った街まで帰ってきた。
そこは昔と変わらなくて、そして何もかもが違っていた。それがひどく、悲しいことに思えた。
俺が、ずっとあの人を待って、根付かないように必死になっていたのに。この街はこうも、変わらない。俺の知っているあの人はいないのに、この街だけは昔と同じ。あの人がいない、この街。ここには、一週間もいられない。はやくはやく、遠くに行かなければ。



最後の夜、俺はあの人と出会ったバーに、スーツケースを引きずって訪れた。ひっそりとしたお店は薄暗くて、俺は一人カウンターに腰掛ける。あの人がいつも頼んでいたジンのギムレットと、俺のベルモットのフレーバーワインを頼んで、でも一人で乾杯なんて出来なかった。ためしに、あの人のギムレットを舐めてみたけれど、あの人のキスの味には程遠かった。

(あの人には)(シズちゃんには、もう、会えないのかもしれない。)
もう、シズちゃんには、会えないのかもしれない。シズちゃんは約束を破るような人ではない。きっと、俺のことをずっと探してくれているんだろう。だけれど、もう、15年だ。津軽だって、一緒にいてはくれなかった。シズちゃんだけを思っている俺の遺伝子を半分持ってる津軽でも、行ってしまった。シズちゃんは俺のことを愛してくれていると、俺はすごく良く知っているけれど。でも、俺はシズちゃんじゃないし、シズちゃんは俺じゃない。俺がずっと15年間探し続けていたように、シズちゃんはきっと、俺を探してくれていただろうけど、でももしかしたらその気持ちはもう、愛じゃないかも知れない。シズちゃんはとっても素敵だから、きっとシズちゃんを追いかける人は、俺だけじゃないんだ。
もし、シズちゃんの隣にはもう、俺が入る場所なんてなかったら。
(そうだったら、もういっそ、会わないままがいい。)
俺はそのことを知らないまま、ずっと神様のボートにのって、シズちゃんを待ち続けていたい。そんな風に俺以外の誰かといるシズちゃんを見て、俺が絶えられるわけがない。

苦くなった口の中へ、ワインを流し込む。スイートベルモットは柔らかい香りとともに喉を過ぎていった。もう、出よう。それで、またボートに乗って、シズちゃんをずっと待ち続けて、

「お一人ですか」

背後から聞こえた声に、俺は振り返ることができなかった。低くて、獣の唸りのような、だけれど甘く優しいその声。ワイングラスの縁をなぞっていた指が震える。爽やかな整髪剤と、煙草と、彼の体の香りが、鼻腔をくすぐった。血液が、やっと体を流れ出したような感覚。干からびていた血管に、熱が戻ってくる。肺が空気を取り込むたびに彼の香りが強くなって、俺は眩暈を起こしそうになった。
シズちゃん。
香りはゆっくりと俺の隣に移動すると、ほとんど残っているジンの入ったグラスを手に取った。ほんの少し日に焼けた肌が俺の指を掠めていく。しっとりと熱くて、心地がいい。
シズちゃん。

「お前、これ呑めるようになったの」

低い声が耳殻を揺らした。倒れてしまいそうだ。俺は首を横に振るのが精一杯だった。

「し、ずちゃん」
「ん?」

からん、とグラスが音を立てた。シズちゃんはそのほんのすこし白く泡立った液体を飲み込んで、俺の頬に触れる。

「どこにいたの」
「…お前を探してた」
「そう…俺も、シズちゃんをさがしていたよ」

頬に触れていた指はそっと俺の顎へと這っていって、角度を変えるように横向けた。髪が、少し伸びたみたいだ。飴色の瞳はまっすぐに俺を映していて、薄暗い店内でもはっきりと輝いていた。薄い唇が引き結ばれている。そこに指で触れれば、シズちゃんの唇が俺のそれと重なった。涙があふれてきて、唇まで濡らした。少し辛くて、苦くて、だけどとろけるように熱くて甘い。俺が本格的にしゃくりあげ始めたくらいに、シズちゃんはそっと唇を離した。熱が名残惜しい。

「……も、と、はやく…きてよ…!」
「ごめんな」
「…俺、もうだめだって…シズちゃんにはもう会えないって、思って…!ばかぁ…」
「ごめん、臨也」
「ばか…いや、ゆるさない……もう、どこにも行かないで」
「うん、行かない。行かないから」

ぎゅ、とシズちゃんに抱きとめられて、俺は呼吸が緩やかになるのを感じた。心臓の音が聞こえる。溢れてくる涙は、シズちゃんのシャツに吸い取られていった。シズちゃんの背中に腕を回して、きつく掴む。気持ちがいい体温。ここが、俺の世界。一番安心できる場所。

「俺がいなくて寂しかったか。」
「………」
「俺は寂しかった。なあ臨也」
「……なに」

まっててくれてありがとな。旋毛に唇を寄せてシズちゃんは囁くように言った。触れ合った腕は心地が良くて、眠ってしまいそうになる。俺は頷いて目を閉じる。シズちゃんの唇が眦に押し当てられたのが分かった。

それからそっと、俺は神様のボートを流した。もう、乗り込む必要はない。








「プラタナスの木漏れ日に」さまに提出しました。
狂っているけど、お互いのことだけはずっと愛しているのが、わたしの理想のシズイザ夫婦像です。
タイトル/zinc


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