小説2 | ナノ


※寂しがりな心臓 からつづいています。




さらさらと、朝から雨が降っていた。池袋はいつもの喧騒に包まれながらも、ひっそりと息を潜めている。すれ違う人々は自らの日常を、淡々と過ごしていた。ほんの少しの非日常を求める人間以外は。

平和島静雄と折原臨也の戦争を、ここ一ヶ月池袋で見なくなった。
と言うより、折原臨也が池袋に現れなくなったのだ。元々心根が穏やかな静雄は、ふっかけられなければ喧嘩をすることもなかった。必然的に、静雄も喧嘩をしなくなる。ここ最近では、喧嘩を売ってきたチーマーやチンピラにも、ほとんど反撃をせず殴られたままでいるという。(上司に危険が及びそうなときは、逃げるのだ。)
そうして、静雄はその名に違うことなく平和に静かに過ごし始めた。まるでそれが普通であるかのように穏やかに。



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黒煙のような影を纏いながら、セルティは見慣れたバーテン服の後ろ姿を発見し、愛馬のシューターを唸らせた。
どうやら休憩中らしい静雄はガードレールにもたれかかり、煙草をふかしていた。セルティから見える右側の頬には大きな白いガーゼが貼られており、痛々しい。静雄の近くまで走っていくとセルティに気付いたようで、静雄は、よお、と穏やかな表情で片手を挙げた。

『静雄、いったいそれどうしたんだ?』
「あー、鉄パイプで殴られた。」
『!? な、なんでまた…』

驚いて少し前のめり気味に出されたPDAを見て静雄は苦笑を浮かべながら、煙を灰一杯に吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

「やめようと思ってさ。今までやってきて、俺の中で納得いかないことは、全部」
『納得いかないこと?』
「うん。暴力とか、喧嘩とか、物壊すこととか……人を、傷つけることとか。」

携帯灰皿を取り出して吸殻を中に落としながら、静雄は表情をほんのすこし蔭らせた。それにセルティは気が付いていたが、静雄の表情を見、追求する気になれず、それ以上は何も聞かないで、自らもガードレールへともたれかかった。その代わり、吸殻を落とし、新しく取り出した煙草を持った静雄の手の甲に擦り傷が見えたので、自らの影を布のようにし、静雄の手に巻きつけてやった。さんきゅーな、と少し笑うと、静雄は携帯を取り出して時間を確認する。

「悪い、休憩終わりだ。お前と話せて良かったよ。ありがとな」
『いや、私も静雄と話せて良かった。仕事がんばれよ。あと…あんまり、無理して自分を抑え込もうとするな。私はいまの静雄も好きだが、あー…物を壊すのはそれはよくないけど、前みたいに暴れてる静雄も、元気がでるから好きだぞ。それに、殴られっぱなしは、よくない。』
「はは、ありがとなセルティ。まあ、これからはできるだけ殴られねえようにはするよ。」

ひょい、とガードレールをまたぐと、静雄は小さく手を振りながら喧騒の中へと消えていった。一人取り残されたセルティは、おかしな胸騒ぎに首をかしげ、その不安を分かち合える理解者が待つ自宅へと、急いだ。







仕事帰りに、静雄は紫煙を吐きながら帰路を急いでいた。絡まれるとめんどうだ。どうやら最近、静雄が簡単に殴られる、という噂が広まっているようで、連日どこぞのチーマーだとか、チンピラだとか、その他もろもろが静雄になにかと因縁をつけて、喧嘩を売ってきていた。静雄はそれらの、どう考えても関係ないと思われる暴力でさえ、一切反撃せずに受け入れていた。といっても元から丈夫な体は、半端な暴力では決して傷つくことはなかったのだが。
コンビニを通り過ぎ、周囲より一層暗い路地裏へと続く道の前を通り過ぎれば、自宅はもうすぐそこだ。静雄は、短くなった煙草を灰皿に落としながら、ふと、その路地裏を横目で覗いた。そして、静雄は全身の筋肉が一気に硬直したような気分に襲われた。
路地裏の、暗く、コンクリの壁にはさまれたそこに、黒い塊がぐったりと座り込んでいた。遠目からでも分かる。あれは、

「臨也…?」

頭を殴られたように、静雄の瞼の裏に閃光がはじけた。かあ、と目の裏が熱くなり、静雄は素早く、臨也へと駆け寄った。ぐったりと冷たい壁に寄りかかっている臨也は目をきつく瞑り、浅い呼吸を繰り返している。汗が米神を伝って流れ落ちた。トレードマークの真っ黒いコートは右肩がずり落ちており、そこから覗く狭い肩をつかめば、汗でぐっしょりと濡れていた。
(臨也)
臨也が、ここにいる。手の届く距離に、いる。一ヶ月、会うことはおろか、姿を見かけることもなかった、愛しくてしょうがない存在が、そこにいる。苦しげに眉は潜められているが、ひどい外傷があるわけではではなさそうだ。伝い落ちる汗を拭ってやろうとして、静雄はその指をすこし震えさせた後、ゆっくりと下ろした。ぎり、と奥歯が鳴る音が路地裏に響く。ふ、と静雄はゆっくりと息を吐き出すと、臨也の脇に腕を差し入れ、抱き上げた。その小さな振動のせいであろうか、臨也の今まできつく閉じられていた瞼が小さく震え、そしてゆっくりと持ち上がっていく。

「…し、ちゃ…?」

抱き上げられた臨也が、かすれる声がつむいだのは、間違いなく自分の名前で。静雄は、腕の中の臨也を壊してしまわないように、ぐ、と胸の奥に衝動を押し込める。

「…しずちゃん、なんで…?おれ…?」
「……いいから、喋るな。」

いくらか瞬きを繰り返し、臨也は不思議そうな表情で静雄を見上げていた。出来るだけ揺らさないように、ゆっくりと歩く。小さな揺れにあわせて、臨也の髪がふわりふわりと舞った。振動が心地よかったのか、それとも静雄の言葉に従ったのか、臨也はまた、目を閉じた。
小さな呼吸音に耳を済ませながら、静雄は胸を駆ける感情を静かに思っていた。
会いたかった。触れたかった。声を聞きたかった。一日たりとも忘れなかった存在が、今、腕の中にいる。
許されようなんて、思わなかった。ただ、愛しかった。この存在を思い続けることが出来るだけでいいと思っていた。罪滅ぼしさえ、自分がするのは厚かましいと思った。だから、けじめだけはつけようと。この一ヶ月、その一心でどんな暴力にも、暴言にも、耐えうることが出来た。そしてこれからも、そうできるだろう。そう思うほど、愛しくて大切で、そして、静雄が生きてきた今までを、すべて変えてしまってもいいと思える存在だ。

「臨也…会いたかった…」

静雄の呟きは、夏の空気へと消え、臨也にさえも、届くことはなかった。





寂しがりな心臓の続きになります。ハピエン!ハピエン!
もう少しお付き合いいただけると嬉しいです。


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