小説2 | ナノ


日付が変わったな。
臨也は冷たい空気を肺一杯に吸い込みながら、電光掲示板に映し出された数字を数えた。1月28日、0時0分。真冬の深夜だが、現在進行形で走っている臨也に寒さは感じられない。鼻の頭と頬だけはどうしても冷えているが、その感覚も麻痺しつつあった。なんせ、静雄と追いかけっこを始めたのはまだ街が明るい時間帯だった。ガードレールを飛び越えちらりと後ろを窺えば、暗くて表情は窺えないが、静雄は未だ標識を片手に追いかけてきているのが見えた。臨也の口角が自然と吊り上る。ばかだなあ、シズちゃん。今日は君の誕生日で、その一日目の初めの時間なのに、大嫌いな俺のこと追いかけて。ああ、滑稽だなあ、憐れだなあ、嘲笑に値する事実だなあ!くすくすと笑いながら、臨也はひょい、と静雄を振り返る。突然のことで静雄は一瞬ひるんだが、歩みを止めなかった。臨也に手が届くか届かないかの位置まで静雄が迫ってくるのを待って、臨也はおもむろに口を開いた。

「はっぴーばーすでぇい、シーズちゃん」
「あ?」
「だからー、今日君の誕生日だろ〜?もー、鈍いなあ」

すす、と音も立てずに臨也は静雄に近づくと、蝶ネクタイのされていないベストを撫でた。

「おめでとうシズちゃん。そしてご愁傷様。誕生日の初めに見た顔が俺なんてざーんねん。おめでとうの言葉も俺が初めだよ。どう?今、どんな気持ち?ねえ?」

臨也は心底愉快そうに声をあげて笑った。静雄の表情は変わらず見えないが、臨也はかまわず笑い続けた。

「それで、お前はどうなんだよ」
「は?」
「お前は今どんな気持ちかって聞いてんだ。」

がちゃん、と標識を手放すと、静雄は笑い続けている臨也の手首を掴んだ。臨也はぴたりと笑うのをやめ、表情を一切なくした顔で静雄を見上げる。

「心底気持ちが悪いね。ぞっとする、早く死ね、誕生日なんて迎えてんじゃねーよ化け物が。」
「…それで?」
「痛い、離せ、死ね化け物。近づかないでくれる?俺とお前に平等に時が流れてることがまず気持ちが悪い。」
「……それから?」
「はあ?なにシズちゃん、被虐趣味でもできた?きもい。離せ。」

距離を詰めてくる静雄を振りほどこうと、臨也は一歩下がるようにして身を捩るが、静雄の手は離れるどころかさらにきつく、臨也の手首を握った。痛みに臨也が口を閉じる。近くなったことで見えた静雄の表情は驚くほど冷静で、激昂の色など窺えない。臨也は小さく息を飲んだ。静雄の、怒っていない表情をみるのは、何年ぶりだろう。その表情が自分に向けられていることなど、今まであっただろうか。睨み合うような形で、二人は動きを止めていた。臨也は動けなかった。ただ息をするのが精一杯のような気分になる。
ふと、控えめな電子音が、静雄の懐の携帯電話から鳴り響いた。静寂が砕かれる。静雄は、開いた手でベストの内ポケットを探る。折りたたみ式の携帯電話を取り出す。着信音はすでに止まっていたが、どうやら電話ではなくメールだったようだ。青い光で静雄の顔が照らし出された。画面を何回かスクロールして、静雄は携帯を閉じた。それと同時に、臨也を掴んでいた手も離す。痣になった手首を撫でながら、臨也は静雄との間に数メートルの距離をとった。何も話さない静雄を臨也はじっと、睨んでいたが、くるりと静雄が踵を返すと、焦ったようにその後を追いかけた。

「シズちゃん!なに、かえるの?」
「手前には関係ねえだろ。」
「…今の、誰だったの、ねえ。誕生日祝い?あ、幽くん?そうでしょ?ねえ、聞いてんのかってば!」
「………」
「黙るなよ、ねえシズちゃんてば、」
「お前が」

くるり、と臨也は静雄の前に回りこみ、行き手を塞ぐ。やっと口を開いた静雄に、臨也はまた息を吸い込んだ。その声帯が空気を音にする前に、静雄が臨也の口元に指を立てた。普段の臨也だったなら、ここでその指をナイフで切りつけるくらいのことはしただろう。だが、今日は、違った。今日の臨也は、おかしかった。静雄の眼からみてもその変化は瞭然だった。

「一番だったから安心しろ。」
「……意味がわからない。人の言葉も話せないの。」
「お前はもう少し黙ってろ。なあ、なんで今日はずっと俺に追いかけられてんの?なんでいつもみてえにさっさと逃げなかった?なんで、俺に捕まりやすい、俺に見つかりやすいとこに居んの?」
「は、」
「そんなに一番がよかったのか?俺の誕生日に、一番がよかったの?おい、黙ってんな。」
「な、それは、……てか、君が、黙れって、」
「あーそうな、俺な、俺が言ったっけ。そんでさ。」

後ずさる臨也を、静雄は追いかけた。振り返ればそこは壁で、逃げ場はない。無表情の静雄が、また一歩近づいてくる。静雄の掌が、壁に付いた。臨也より頭一つ分飛び出ていて、臨也はほとんど静雄の影に隠れるような形になる。臨也はそろりと静雄から目線を外すが、それも許さないというように、静雄は臨也の小さい顎を掴んだ。

「一番で、嬉しいか、臨也」
「っ、」
「幽は、プレゼント、昨日贈ったから、今日の昼までにつくって言ってた。いいのか?プレゼント、一番じゃなくなるぞ。」
「君にあげるものなんて、ない、」
「いい。もらうから。」
「なに言って、」

覆いかぶさるようにして、静雄は臨也の唇に唇で触れた。ああ、誕生日来てキスしたのも、こいつが一番だな。ぼんやりと思う静雄の耳には、臨也の悲鳴じみた声も、罵倒もまったく入ってこなかった。そのまま腕の中で暴れる臨也を担ぎ、幽のプレゼントを待つため、その間も臨也からのプレゼントを楽しむため、自宅へと向かったのだった。




静雄お誕生日おめでとう!とんだ電波な臨也でごめんね静雄!!


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