小説 | ナノ


美大生静雄×モデル臨也



俺は最近いれこんでるバイトがある。
といっても給料がもらえるわけではなくて、三時間働いた後、美味しいご飯とデザートとついでにお土産がもらえる、バイトと言うよりボランティアのようなものなんだけど。
どうしてそんな利益にならないことをしているのかと聞かれたらまあ長くなるから割愛するけど、とにかく俺はこのバイト(ボランティア)が結構気に入ってたりする。
今日も午前9時から入っていて、俺は少し古い、少女趣味なアパートを訪れた。
インターフォンはなくて、かわりに紐を引いて音を鳴らす呼び鈴がある。紐を引くと、リンリンと可愛らしい音が鳴った。
白い木造の扉が開き、中から依頼主が顔をだす。

「おはよーシズちゃん。朝から呼び出すなんていい度胸じゃないか。」
「うっせ。別に朝じゃなくてもいいっつったのに朝来るって言ったのは手前だろが。」

チッと依頼主…シズちゃんは舌打ちをつき、もういいからさっさと入れ、とドアを開けた。
おじゃましまーすとか適当に行って玄関に足を踏み入れる。このとき注意しなくちゃならないのは、足元に老いてある画材だとか、石膏のかけらだとかを踏まないようにすることと、この部屋の匂いにやられてしまわないこと。

どうしてこんなボランティアしてるのかって、理由は簡単、俺はシズちゃんが好きだからだ。
俺のもんになってくれ!というビックリプロポーズ(実際は俺の"課題のモデル"になってほしいから他のやつのとこにいくな!って意味)(シズちゃんは美大生で、彫刻を主に習っているらしい。)から始まったシズちゃんの課題が終わるまでの週に三回シズちゃんの家を訪れる関係。

シズちゃんの課題彫刻は順調で、あと何回ここに来れるかわからない。初めから終わりがあることは知ってたし結構前から覚悟してたから、一応落ち着いてはいる。

階段を一段おりたとこにあるアトリエ(というか、庭に面した大きい縁側みたいなところ。出窓みたいになっていて、ガラス張り。)にシズちゃんが彫刻を用意して待っていた。
真剣な目がこっちをみて思わず俯いてまう。

「…なにもじもじしてんだよ…さっさとそこ座れ。」
「もじもじなんかしてないし!」

顔を上げて反論すると、やっぱりこっちをみたままのシズちゃんと目があってまた目をそらした。なんだこれ俺は女子中学生か。
簡易な椅子に座って、すぅ、と息を吸い込む。ちゃんとしなければ。
できるだけ何も考えないようにして、シズちゃんに教えられたように少し上を向く。
それをみたシズちゃんは少しこっちを見つめたあと、彫刻刀で、白い、大分完成しかけた俺の分身を削り始めた。
また少し、シズちゃんとのおわかれが近付いてきた。


#


今思えば一目惚れだったのかもしれない。
あの日はたまたま同期達と飲みに行っていた。課題が多いだの教授が自分をわかってくれないだの愚痴を言い合う同期にうんざりして、俺は一人早く店をでた。
ほんの少し飲んだビールの味がしつこく喉に残っていた。自販機でオレンジジュースを買って、近くの公園のベンチで飲む。オレンジジュースは少し酸っぱかったが、絡みつく苦味を洗い流してくれるようだった。
そのときに、臨也をみつけた。
携帯電話を耳に押し当て、足早にスタスタと歩いていたのだが、噴水前でふと立ち止まったのだ。
携帯電話を懐にしまい、キラキラ光ながら噴射される水を眺めていた。瞳に水が小さな光の玉となり写り込み、照らし出された黒髪は濡れたように輝いた。
流れるような動作で手を突き出して水にふれようとする姿は、俺が見てきたどの絵画よりも、どの彫刻よりも、美しいと思った。

(って思ったのも、惚れた贔屓目だったのか)

彫刻刀で滑らかな曲線を掘り出しながら、考える。
今目の前で、少し緊張した様子をみせる臨也は変わらずに綺麗だと思うのも、やっぱり贔屓目か。
ああ、でも、ときどき見せる頬を赤らめた表情とか、焦ったような行動とかは、綺麗というよりはかわいいと思う…ってなに考えてんだ。
ガリッと石膏がいや音をたてて削れた。臨也が目を丸くしてこっちを見ている。なんだその顔。かわいいなおい。

「大丈夫だから動くんじゃねーぞ。」

声をかけると、臨也ははっとして、ん、と頷かずに声をあげた。
臨也は見た目によらず(と言ったら怒られそうだが)真面目で、しっかりと彫刻のモデルを勤め上げようと頑張ってくれている。
大分出来上がった、臨也をモデルにした彫刻。
果たしてこれが出来上がるまでに、俺は彫刻以外の理由を見つけられるのか甚だ不安だ。
そんな下心を知ってか知らずか、臨也は今日もやっぱり絵になった。



(やっぱりさ、シズちゃんのお昼ご飯はおいしいね。毎日でも食べたいよ。)(……これ理由でもいいんじゃねえか)(え?)




美大生ぱろ!もしかしたらシリーズかもしれません。


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