「きたねえ猫かと思ったら、ガキか。」 ザアザアと降り続く雨のなか、粟楠会の事務所前で臨也は身を縮こまらせて丸まっていた。 傘をさした四木が臨也の前に立ち見下げながら言うと、臨也はゆるゆると顔をあげた。顔に濡れた髪がへばりつき、水が滴っている。顔中が濡れているのは雨のせいか。 水を拭わぬまま臨也は四木に微笑みかけてみせる。 「しきさん、」 そうかすれた声で呼ぶと、水がたっぷり染みこんだコートの腕を緩慢な動きで上げる。四木はくわえていた煙草を吐き出し舌打ちをした。 「ガキを拾う趣味はありませんよ。」 「手厳しいなあ。…俺、いますごく精神的にキてるんです。やさしくしてくださいよ。」 そう言って、臨也は苦笑いを浮かべた。輝く深紅の瞳は黒く塗りつぶされどす黒い。えんえんと落ちる雨を映していた。 「こんなとこに座り込まれたら迷惑なんですよ。」 しゃがみこみ、視線をあわせ、幼子に言い聞かせるように言う四木を臨也はぼんやりと見つめ続ける。ぱたぱたと髪から滴った雨が黒いコートをさらに闇色へ染めた。 動く気配のない臨也に溜め息を一つ落とすと四木は立ち上がり、その場を離れようとする。 すると、青白くなった唇がある一人の名前を形作った。 その音に四木は眉を顰め、二度目の舌打ちを打つと踵を返す。濡れそぼった臨也のコートの脇腹に手を差し入れ抱き上げると、先程自分が乗ってきた車に逆戻りをし、行き先を伝えた。 発進した車のなかで四木に抱きかかえられたまま、臨也はまた、愛してやまない化け物の名前を口にした。 # 清潔感に溢れ、シンプルな内装のホテルへ到着すると、四木は臨也を抱きかかえ車から降りる。降り続く雨に四木の短髪が湿り気を帯びていく。 四木は運転手に指示をだすとホテルの入り口へと足をすすめた。 無人のラウンジを通り抜けエレベーターに乗り込み、最上階のスイートルームへ向かう。 チン、とエレベーターが到着をつげた。ダラリと抱えられたままの臨也をかかえなおし、懐に入っているカードキーでロックを解除する。 部屋へ入ると、臨也が四木を呼んだ。 「なんですか。」 「すいません…ご迷惑を…」 先程より大分落ち着いた声音で呟くと、臨也は四木の腕から降りようと少し身じろいだ。腕の力を込めてそれをやめさせ、柔らかなベッドまで臨也を抱えたまま歩いていく。そこに臨也をおろすと、四木は浴室へと消えた。 臨也は濡れてしまっている四木の白いスーツの後ろ姿を眺める。がたがたと小さな音がして、四木がふんわりとしたバスタオルをいくらか抱えて現れた。ベッドへ座り込んだ臨也へそのバスタオルを掛けてやり、ガシガシと少し乱暴な手つきで臨也の濡れた髪を拭いた。されるがままになっている臨也に四木は苦々しい視線を投げかける。 一通り拭き終わり、バスタオルはそのままに、四木は備え付けの冷蔵庫へ向かう。中をいくらか物色し、ガラス瓶に入ったスパークリングカクテルをとりだした。 「のみますか、折原さん。」 「あ…おかまいなく。ありがとうございます。」 覇気のない声音が返ってきて、四木は少し乱暴にグラスを2つとりだした。 ダイニングと向かい合うように設置されたテーブルへとグラスを置いて、四木は虚空を見つめたままの臨也を見やった。 ぽそぽそと、臨也が口を開く。 「わかっているんですけどね。どうにもならないんです。…どうにもできない。」 独白のような囁きに四木は耳を傾けた。要領を得ない語り口で臨也はかの化け物への深い愛情を淡々と語る。 四木はグラスに注いだスパークリングカクテルを飲み干すと、臨也が沈んでいるベッドへ向かう。 四木の動きを臨也は目で追って、自分の眼前で止まった四木を見上げた。 「…しきさん?」 疲れきった瞳で四木を見上げ、臨也は声を発した。 「あなたは」 四木が臨也の乾きかけた髪を掬い取る。 「いつまであの化け物を追いかけ続けるつもりなのですか。」 四木の問いに臨也は少し驚いたように目を見開き、そして柔らかく目を細めた。 「ずっとですよ」 発せられた言葉に、四木はさらに眉間の皺を深めた。苦々しげに口を開く。 「やめちまえ。」 四木の言葉はしかし、無意味な音になり美しい部屋の内装へと消えたのだった。 静←臨←四 というネタをネタ募集でいただいたのでやってみました。四木さん難しい! title/剥製 |