小説 | ナノ


ばらばらと安い天井を打つ雨音のリズムで目が覚めた。朝のはずだが窓から見える外はうすぼんやりと暗い。覚醒しきっていない頭は己の横にあったはずの体温が抜け殻になっていることを伝えた。目をあけると黒い染みができた天井が目に入り、ああここは俺の家だったのかと思い出さされた。曇る視界は灰色ばかりを映していて、俺は臨也はどこかと首を傾ける。
それに気付いたのか台所で細々と動いていたその華奢な背中は振り返ると、こちらを捕らえ、起きたの、とすこし掠れた様な声で言った。ああ、と答える。そう、と返されて、さっさとおきなよ、と催促が飛んできた。
臨也の声が、まどろみの沼にはまったままの俺を引っ張り出す。最近では、この声がないと目覚めが悪くなってしまった。慣れとは怖いものだと考えて、いや違うか、と一人でごちゃつく頭の問答に終止符を打つ。
鰹節のダシの味噌汁は食べなれた臨也の朝食の中でも、特に一番好きだ。そう言うと、あいつは無表情で、ふうん、と興味なさげに頷いた。(その日から毎日のようにその味噌汁は臨也が作る飯に顔をだした)俺の家の安っぽい四脚机には所狭しと臨也の作った朝食が並べられていく。そして最後に、プリンが二つ、ことんと置かれた。

臨也が朝食に和食を作ったとき、俺は正直驚いた。
それまで臨也が料理を作るようなイメージはなかったし(まあ、それまでは本当に作った事はなかったようだが)、それにどちらかというと、夕食はともかくとして、朝は洋食を食べているイメージがあった。(こういう関係になる前、一度だけ臨也の家に泊まって出された朝食はフレンチトーストだった。)

こういう関係になって、初めて俺の家で一夜を過ごした次の日の朝から、臨也は欠かさず朝食をつくってくれている。はじめこそ酷かった味は上達して、料理の味付けはどれも俺好みに変化していった。
指にたくさん出来ていた切り傷ややけどは次第にすくなくなってきていたが、最近はまたなにか新しいものに挑戦し始めたようで、傷がまた増え始めた。(気が気ではないのだけれど、止めたら臨也はいやがるだろうとわかるから、止めない。)

「…いただきます」

「はい、どうぞ」

この挨拶は必ずすると、臨也が決めた。食べ終わったらごちそうさま。子供に教えるみたいに言う臨也がなんか笑えた。俺だってそんくらいの常識は持ってたが、怒りは湧かなかった。
湯気をたてる味噌汁をすする。うまい。この時、臨也はそわそわしながらこちらを窺っている。(隠しているようだが、まるわかりだ。)うまい、というと、そう、とだけいって自分もまた味噌汁をすすった。耳がほんのり赤いのはどうしてか、わかりきったことを問うのはやめた。(けど今度ぜったい聞いてやる)

「…お」

「ん?なに、なんかあった?」

「卵、うめえ。」

「…へえ、そう。…そか、うん。わかった。」

甘い味が口に広がる。ふんわりした玉子焼き。お袋がつくる玉子焼きはどれも甘かった。それになれたから、俺は甘い玉子焼きが好きだ。

「…今日、出かけらんないね」

白米をのみこんだ臨也はぼんやりと窓の外をみながら言った。ああ、そういえば、今日は久しぶりに遠くまで行こうと約束していたんだっけ。
箸先で煮物の芋も割りながら、臨也はそれきり黙ってしまった。ぐずぐず動く箸はまるで臨也が言えない「残念だ」を語っているようだった。

「まあ、出かけんのはいつでもできるしよォ…」

「んー…」

こういうとき、自分の口下手を恨む。なかなかうまく働かない脳をフル回転させて、臨也が望む、そうでなくても悲しまないような言葉を探した。

「あー…俺、は、てめえがいれば、そんで、いい。」

「………ふうん」

おい、こいつ、一瞬引かなかったか。こっちが必死でてめえのために考えたっつーのによ。目をあわせないようにして俯いていた視線を、すこし睨むようにして臨也にあわせる。

「…臨也」

「………」

「おい、こっち向け」

「い、いや、だ……」

視線の先には、首まで真っ赤になった臨也がこれでもかというほど小さくなって座っていて。俺は思わず箸をおいて、それに気付いた臨也が、行儀悪い、座れ、と戒めるのも聞かないで(むしろその戒めさえも俺を加速させる燃料にしかならなかった、)小さくなっている臨也を羽交い絞めにするように抱いた。
臨也はもぞもぞ動き、そしてようやっと、ほう、と息を吐き、交差された俺の腕に顔を埋めた。

ああ、本当に。今日は雨が降ってよかったと、思う。





いい夫婦!
変態島もすきですが、男前で亭主関白な静雄もすきです。臨也は良妻賢母。


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