小説 | ナノ


ざん、と黒い海が波打つ。潮の香りがつんと鼻をついた。昼高かった気温はみるみる下がり、今は肌寒い。
汗で濡れて冷えたシャツが張り付いて、気持ちが悪かった。指で引き剥がす。
ち、と舌打ちをしてポケットからタバコを取りだそうと手を伸ばすが、しかしそこに目当てのものはなかった。ああそうだ、臨也が旅行にくる前に、持って行ってしまったんだった。

(あっちは空気がいいから、きっとタバコなんてすってるひまないよ!この際、禁煙したら?)

そういって臨也はきゃらきゃらと笑った。
臨也と付き合うようになって、あいつの色んな表情をみるようになった。喧嘩ばかりしていた頃に見たあのにやついた嫌な笑みではなく、無邪気で、透き通るような笑顔もみられた。

「…ちくしょ…」

悪態を吐いてみても受け止めてくれる相手はいない。寒さでふるりと背筋が震えた。

「…さっみぃ」

「…当たり前だよ。そんな格好ででてったりしてさ」

今度は背後から返事が返ってきた。驚いて振り向こうとすると、待って、と臨也がそれを止める。

「…臨也、」

肩にぱさりと薄手の羽織がかけられた。やわらかな藤の香りと、臨也の甘いような残り香が薫る。
その後、柔らかに腰に巻き付いてくる温もり。浴衣が垂れて露わになった白い腕が暗がりで光っているように感じる。
ぎゅう、と腕に力が込められ、少し苦しい。臨也は顔を背中にくっつけ、そのまま額をこすりつけてきた。
腕を背後に回して、ゆるく臨也の腰を撫でる。臨也の微かな息遣いと、波の音だけが聞こえた。

「…ごめん、な、さい…」

背後でぽそぽそと、臨也が囁いた。震える声は泣いているようだ。

「…おっせえよ」

呆れたように言うと、びくりと臨也の肩が震える。すんと臨也は鼻をすすり、どんどん小さくなっていく声でまたごめんなさいと呟いた。
緩やかに腰にまかれた腕を解くと、慣れない松葉杖を引きずるようにして臨也を振り返る。
俯いて垂れた髪の隙間からきらきらと涙が落ちていくのが見えた。

「…ごめんじゃねえだろ」

「…え?」

まったくコイツは馬鹿なのか。震える睫からまた水滴が零れる。臨也はぱちぱちと幾度か瞬きを繰り返した。

「ごめんじゃなくて、ありがとう、だろ」

左手で頬の涙を拭ってやる。すると臨也は一瞬何か言おうとして、やがて口を閉じた。白い指が俺の手に重なり、月明かりに照らされた水滴が柔らかに光った。
臨也の唇がゆっくりと柔和な曲線を描く。

ありがとう、と

小さく囁き微笑んだ臨也は綺麗だった。




#



シズちゃんの右肩を支え、ゆっくりと海岸を歩く。お互い何も話さないけど、気まずくはない。けして軽くはないシズちゃんの体重と体温がすごく心地よくて安心する。

「明日」

「うん?」

不意にシズちゃんが口を開いた。ゆっくり話す重低音がすきだ。

「明日ってどこいくんだっけか」

「ん、と、確か小樽いって自由行動じゃなかったっけ?」

ふうんと頷いてまた黙った。波の音が心臓の音とかさなる。なんだかすごく気持ちがいい。

「明日」

「うん?」

同じ問答をしたことに、少し顔を合わせて笑った。シズちゃんの金髪は青空にも似合うけど、海にも月にも似合うって知った。

「明日…自由行動になったら、どっか抜け出さねえか?…二人で」

なんだか気恥ずかしそうにシズちゃんはぼそぼそと喋った。俺は嬉しくて、それでシズちゃんの肩から抜け出すと正面に立って、シズちゃんの首に腕を回して―――――




#



「あ、ちゅーした」

「…っ、…そうか」

「こっから丸見えだって静雄も臨也も気付いてないのかなあ…てあ、」

「…なんだ」

「静雄が臨也を押し倒した」

「行ってくる」

「はいはーいいってらっしゃいパパー」

「…岸谷…」

「だって門田くんて本当に臨也の保護者みたいじゃん…あ、もしかしてさ、」

「そのもしかしては多分合ってるが、俺は今更それについてどうとか言わねえからな。…言うんじゃねえぞ」

「はあ…まったく君はなんていうか…出来た男だね。流石パパ」

「岸谷…」









微かにドタイザを漂わせてみました。おまたせして申し訳ありません


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