小説 | ナノ


「軽い捻挫とちょっとの擦り傷ね。まったく、平和島くんはいくら丈夫だからって、暴走してる馬に飛び込むなんてこと止めなさい。」

「すいません…」

「うん、まあでもなんだか事情があるみたいだし、これ以上は何も言わないよ。はい、もう行っていいよ」

「ありがとうございました」

馬と臨也の間に飛び込んで、臨也をどうにか横に転がした。そこまではよかったんだ。ただその後馬の前脚が腰に直撃した。これはまあ痛かったが、どうこうなるほどではなかった。その後が悪かった。体制を崩した俺は踏ん張ろうと地を踏んだ、のだったが、如何せん慣れた池袋のコンクリートとは違いすぎる、柔らかい土の地面は俺の足を絡め取り、そして自分の体重と力がそれを後押しして…

「おや静雄、早かったね…うわあ、見事に怪我人だ。松葉杖ってこの旅館のやつなの?」

俺は無様にも右足を捻挫し、松葉杖と友達になった。
旅館の"桐"と掲げられた四人用の部屋に戻ると、新羅が貸し出されている旅館の浴衣で茶を啜っていた。

「うっせえ。…臨也と門田は?」

「お風呂に行ったよ。あ、でももうそろそろ…」

からり、と襖が開けられる音と共に、やっぱり旅館の浴衣を着た臨也と門田が入ってくる。臨也はほんのり頬を色づかせて、ぺたぺたと門田の後を付いてきている。目元や首筋が赤い。
どくどくと脈打つ感情は欲望でもあったが、しかしそれと同時に、果てしない憤りでもあった。

「おう静雄、もういいのか。」

門田が肩にかけたタオルを外しながら声をかけてきた。臨也は相変わらず門田の後ろに居る。なんなんだよ、くそ。助けてやったのは俺だろうが。ああ、イライラする。門田越しに臨也を見るも、俯いてこっちを見ようともしない。濡れた髪がぱらぱらと目を覆っている。くそ。そんなに門田がいいなら、勝手にすればいいだろ。

「…静雄?どこいくんだ?」

「…外」

包帯が巻かれていない左足にサンダルを突っかけ、襖に手をやる。
茶から口を離すと、新羅がどこか呆れたように言った。

「もうすぐ夕飯だよー?」

「あー…いらねえ」

ぱたんと後ろ手で襖を閉める。臨也は最後まで何も喋ろうとはしなかった。



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「まったく…」

ぱたん、と襖が閉まる音が響いた。俺はドタチンにもたれかかる。あーあ、本当にばか。

「泣くくらいならどうしてさっき直ぐに静雄に謝らなかったのさ。」

ドタチンに促され、新羅の向かい側の座椅子に腰を下ろす。新羅は俺の方にお茶を寄越すと、ちょっと困った顔をして笑った。

「…だ、て、シズちゃん、怒ってる…!」

「まあ、さっきの態度には怒ったかもな。」

ふう、とドタチンはため息をつくと、お茶請けのお煎餅の包みを開けた。
ぐ、と息が詰まる。本当だ。助けてもらったのに、お礼も言わないで。
シズちゃん、松葉杖してた。外に行くなんて、大丈夫なのかな。もう暗くなっているのに。それに、このあたりは海しかない。昼は高かった気温は段々下がってきている。シズちゃん、カッターシャツだけだった。寒いよ。
怪我、してるのに。俺の所為で。

「…臨也、君は本当に、難しいね。…一々悩まなくたって、静雄は怪我したことをこれっぽっちも怒ってないと私は思うよ。」

新羅が俺の頭に手を乗せた。ぽたぽたと涙が浴衣に染みを作っている。

「飯、売店かなんかで買っといてやるよ。」

ドタチンは半分に割ったお煎餅を俺の口に突っ込むと、俺の背中を撫でた。

俺は浴衣の袖で涙を拭う。
そうだ、シズちゃんに怪我させたのは俺なのに。だったら、ちゃんとしなくちゃ。
俺はシズちゃんの分の羽織りを掴むと、部屋をでた。









区切ります。
次で最後!


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