小説 | ナノ




さらさらと雨が降るいつかの日、臨也から唐突に連絡が入った。

「シズちゃん、ちゃんと仕事してる?」

開口一番にぶつけられた言葉に少し苛つく。ちょうどその日も、怒りを抑えられずに暴れて、トムさんに迷惑をかけてしまっていた。八つ当たりだとわかってはいても、自然と口調が強くなってしまう。

「うるせえな。てめえには関係ねえだろ。」

「うわ、ひっど。恋人への態度かよそれ。うまくいかなかったからって八つ当たりしないでください〜。」

鼓膜を揺らす言葉はどれもむかつくものばかりだ。いっそ切ってやろうかと思いボタンへ指を這わせると、やっと少し焦ったように臨也が謝った。謝った?こいつ、今、謝ったのか?

「ごめんシズちゃん、切らないで。」

電話の向こうの声は震えているようにも思えた。こんなしおらしい声がだせるなら、それ以外ださないでほしい、と心中で嘯く。こいつの声だって、嫌いではない。滑らかな発音や透き通った音は、綺麗だと素直に思える。

「…なんだよ」

「んー、うん。なんかね、」

いつになくゆっくり話す臨也を急かす気持ちを抑えて、言葉に耳を傾ける。つうか、途切れすぎだろ。いつもは息継ぎしてんのかってくらい喋るくせに、なんだよ。

「シズちゃん、今日何月何日?」

「あ?…7月7日。あ、七夕じゃねーか、今日。」

雨降ってるけどな、と付け加える。そうだね、と寂しげな声が返ってきた。その後、会えないのかな、と臨也は囁く。誰が。…織り姫と彦星。…まあ、雨降って天の川氾濫したら会えねえかもな。うん、そうだね。
沈黙。たわいない会話に何の意味があったかは知らないが、臨也は俺に何かを求めていることはうっすらとわかった。

「臨也、お前、今家か?」

「ん?うん。」

「寝るなよ。今からそっち行くから。」

電話の向こうで臨也は、少し声を弾ませながら、わかった、と言った。



#



風呂から上がると、臨也がそうめんをゆがいていた。七夕にはそうめんを食べるのだそうだ。
華奢な背中越しに鍋を覗くと、白のそうめんに混じってピンクや緑がゆらゆらと泳いでいた。腹が切なくなく。臨也は少し笑って、もう出来たよ、とコンロの火を止めた。
涼しげなガラスの皿にそうめんを盛り付け、ずるずるとそれを啜った。臨也は黙って黙々と食べている。ちら、と視線をやると、臨也はなんとなく幸せそうに見えた。
臨也も腹が減っていたのだろうか、そうめんはあっという間になくなり、今度はお茶を飲みながらぼんやりとテレビを眺める。
不意に臨也が口を開いた。

「シズちゃん、織り姫と彦星がなんで天の川で引き裂かれたか知ってる?」

「あ?…あーなんだっけ。確か、仕事サボりまくったから、じゃなかったか?」

「うん。そうなんだよね。……。」

「…あー、だからてめえ、仕事がどうとか言ってたのか。」

我ながらはっきり答えがわかったと思ったが、どうやら臨也の思う答えまではたどり着かなかったようだ。臨也はんーとうめき、それきり黙ってしまった。相変わらず言いたいことはわからない。わからないが、まあ、わからないなら仕様がない。

「…まあ、1日くらいサボっても引き裂かれはしないだろ」

適当にまとめた俺の言葉に臨也はぱっと顔をあげ、そして、くしゃりと笑ったのだった。



(…一年に一回しか会えないとか、俺、無理。でも仕事で会えないとかも、無理。)(…始めから会いてえなら会いてえっていえよお前…)






臨也さんは多分会いたかっただけ。
自分が季節もの書くの苦手だとわかった。

title/chatty



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