小説 | ナノ


すたすたと玄関に向かう幽くんに抱きかかえられた俺はどうにか逃れようと体を捩るが幽くんは離してくれる気配はない。その上今まで辛うじて脱げないようにしていたシャツがずるりと落ちてしまった。半裸になってしまった俺に運び屋が慌てて影で作ったフード付きのコートを纏わせた。

「…わかった。逃げない。送ってもらうから幽くん降ろして」

はあと溜め息を吐く。こうやって頑固なところは、シズちゃんとそっくりだ。
どうやら溜め息に気がついた幽くんは、少し名残惜しそうにしながらも俺を降ろした。やれやれだ。
しかし、ほっとしたのも束の間だった。今まで黙って後ろを付いてきていたシズちゃんが急に俺の左手を掴んだ。子供の体に触れる事など少ないのだろう、シズちゃんのそれは異常に優しい。シズちゃんは俺の手を握りしめたままずんずん歩き出した。

「ちょ、っと!シズちゃん、歩くの、速い、よ!」

何時もの調子で大股で歩くものだから、子供になった俺ではついていく(といっても半ば引きずられるような状態で)ことさえ難しい。

「あ、ああ。わるい」

ようやく気付いたシズちゃんの歩幅がやっと縮まる。黙って見ていた幽くんは空いていた俺の右手をとると、シズちゃんに倣ってゆっくりと歩き始めた。





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「んえぇっ!?」

横を歩いていた正臣が上擦った声をあげた。何事かと正臣をみると、震える指先で人混みを指差している。平日の夕方だというのに普段より街は騒がしい。一際大きくざわつくそこを指差して固まってしまった正臣の横から騒ぎの中心を園原さんと覗き込む。

「…え、」

隣で園原さんが小さく声を発した。僕はと言えば、何かを言うことさえできない。ただ一言、正臣の芯の通らない声だけが響いた。

「小さい臨也さんと、静雄さんと、羽島幽平…?」

なにがどうしたのか。
ただ、小さい臨也さんも、可愛かった。





#




「…げぇ、」

ぽてぽてと効果音がつきそうな歩き方をしていた臨也が、突然立ち止まった。手を繋いでいた俺と幽も必然的に歩みが止まる。いつのまにか周囲を取り囲んでいた雑踏を睨みつける。

「…臨也さん?どうしました?」

「…ちょっと知り合いが、ね…。あーやっぱ来ちゃった。」

子供らしからぬ仕草で臨也は髪をかきあげ、ふうと息を吐いた。雑踏をかきわけてくる三人組は見覚えのある面々だ。ぱたぱたと小走りで走り寄ってきた黒髪の少年がぺこんと頭を下げた。

「静雄さん、こんにちわ。あと、あの、羽島幽平…さん?」

ちらちらと幽に視線を送る黒髪の少年(…確か名前は…竜ヶ峰、だったか。)に幽は笑っているのかいないのか微妙なラインの表情を浮かべて、こんにちわ、と言った。

「あの…この子って、臨也さん…すよね?」

金髪の少年が屈み込み臨也の頬をぷにぷにつついた。おい何やってんだてめえ

「紛れもなく俺だよ正臣くん。それやめてくれない?」

臨也が不機嫌そうな声をだし、つついていた指を掴んだ。金髪は一瞬身を引いたが、そのあと爬虫類のような目を細め、臨也の小さく丸い頭をくしゃくしゃと撫でた。抵抗するにも臨也の手足は短すぎて少年の腕を掠めるだけだった。

「ちょ、正臣くん!やめて!」

「臨也さんをこんな風に出来ることなんて少ないじゃないですか!こんな機会、逃せません、よ!」

「いぎゃっ!?」

耳を引っ張られ臨也の瞳にじわりと涙が浮かんだ。横で見ていたおかっぱの少女が指で涙を拭う。

「かわいいです、ね…」

くにゃ、と微笑む少女。臨也はまだ成人してもいない女に可愛いと言われたことがショックだったのか、俺の足に抱きついた。

「おい、あぶねえぞ。踏んじまうだろうが。」

「…抱っこ。」

あ?なんだって?
呟かれた言葉は小さすぎて聞き取れない。見下げると、頬を赤くした臨也が涙目できっとこっちを睨んだ。

「小さいの嫌だから、抱っこしてって、言ってんの!一回で聞けよ、ばか!」

「なっ、バカってなんだ、バカって!つうか、抱っこ、って、」

ぷくっと臨也は頬を膨らまし、両手を広げ、ん!と催促する。幽が臨也と目線を合わせるようにしゃがんだ。

「臨也さん、抱っこなら俺が…」

「ううん、だめ!シズちゃんのが幽くんより大きいもん。」

ほら、早くしてよ、とムキになった臨也が足にへばりつく。普段よりも柔らかく軽い脇に手を差し入れ抱き上げると、ふんわりと持ち上がった。

「じゃあさっさと送って!じゃあね、帝人くん達!」

ふん、と臨也は鼻をならし、シズちゃんさっさと歩いてよ、とぐいとベストを引っ張った。
歩き出した俺の横に幽がゆっくりと近づき、兄貴ばっかりずるい、と小さく呟いた。
俺は言い知れぬ優越感に浸った。







次でおわります!


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