小説 | ナノ


かんかんかん、安い階段が高い音をたてて彼の帰りを告げた。俺は見ていたテレビに名残惜しさを感じながらも、キッチンへと足をすすめる。数ヶ月前から始まった同居生活にはすっかり馴れ、アパートの階段を上がる足音だけでもそれは恋人のものだとわかるようになった。
きっとシズちゃんは今日も疲れてるんじゃないかな。
クリームシチューの入った鍋に火をつけると、がちゃりとドアが開いた。

「臨也ぁー帰ったぞー。」

疲れて…疲れて…る?
高揚し間延びした彼の声は、明らかに素面ではない。

「おかえりシズちゃーん。呑んできたのー?」

「うーん、臨也ーどこだー。」

キッチンから聞くとやはりいつもの彼からは想像もつかないような間抜けな声が返ってきた。会話さえ成立しない。そうとう酔っているようだ。
ぺたぺた廊下を歩いてきたシズちゃんは、ひょこりとキッチンに顔を出し、へらりと笑った。

「臨也いたぁー」

「いるよーってちょ、シズちゃん、危ない」

「んー…相変わらず細ぇなてめえー…。」

くたりともたれるように抱きしめてきたシズちゃんに心臓が跳ねる。ちくしょーなにすんだ。

「あー臨也なんかいいにおいすんなお前…。」

「シチューじゃない?って匂い嗅ぐな!」

すん、と項を嗅がれる。まだお風呂入ってないし、絶対汗臭いよ。あーもうやだ。シズちゃんに臭いって思われたら恥ずかしくて死ぬ。

「いや、シチューじゃねえな…やっぱてめえから匂う…」

「〜っ、じ、じゃあ嗅ぐな!」

「いい匂いだって言ってんだろ。」

項に顔をうずめて喋るシズちゃんに背筋が粟立つ。くすぐったい。

「なんでだろうな、同じシャンプー使ってんのに」

くしゃ、とシズちゃんが髪を撫でた。その拍子にシズちゃんのすこし苦い香りがふんわりと漂う。

「俺は、シズちゃんの匂いも、好きだけど。」

仕返しのつもりで頭を撫でていた腕を掴み、すん、と嗅いでやる。するとシズちゃんがまたきつくぎゅう、と俺を抱きしめた。

「シズちゃん、苦しい。シチュー温めらんないじゃん。」

「……。」

「え、シズちゃん無言?無視?ねー、ん、ふ…」

ぐ、と強引に体を回転させられ、シズちゃんと向き合う。顎を優しく掴まれ、唇を塞がれる。
ちゅ、ちゅ、とわざと音をたててキスをして、その後シズちゃんの舌がぬるりと唇を舐めた。すんなりと侵入してきた舌は俺の舌を絡めとり、唾液を吸い込む。
おかしなことに、酔っているはずのシズちゃんからはアルコールの味がまったくといっていいほどしない。微かな疑問を抱きながらも、歯の裏側を舐められ、足が震える。腰にまわされていた手に力が入り、シズちゃんの太股が足のあいだにぐっと押し込まれた。
苦しくなってきた俺はシズちゃんの肩に手をおき目一杯つっぱるが、シズちゃんはびくともしない。

「ん、ん…ふぁ、シズちゃ、苦しっ…」

どうにか訴えてみようにも、シズちゃんは止めようとせず、更に激しく口内を蹂躙し始める。飲みきれない唾液が口の端からたれはじめたところで、やっと解放された。情け無いことに腰がくだけてしまった俺はシズちゃんに支えられて立っているのが精一杯だ。

「はっ、はっ…」

「…臨也。」

悪態の一つでもふっかけてやろうと思ったが、息が苦しくてそれさえままならない。そんな俺をシズちゃんは抱き上げ、すたすたと歩き始めた。

「し、シズちゃん?どこ、いく、」

「決まってんだろ?ベッドだよ」

「そんな、ご飯まだなのにっ…、つか、酔い、冷めて…?」

抱かれながらシズちゃんを見上げると、シズちゃんはにっこりと笑った。

「誰が酔ってるって?」

なんで酔ったフリなんかしてたんだとかシチュー冷めるだろとかさっさと降ろせとか、そんな俺の文句は虚しくもシズちゃんのキスによって消えたのだった。






シズちゃんは酔ったフリとかしないと甘えられないといいなあという妄想。
遅くなってすいません!ありがとうございました!


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