初めてそいつの姿をみたのは、幽と共演していたドラマだった。役所は幽の宿敵。役は最低な野郎だったが、しかし時折見せる美しい表情から目が離せなかった。 だが、いくら想ったとして相手はブラウン管越しの人間だ。俺の声が届くはずもなく、ましてや触れることなどできるはずがないのだ。…できるはずが、ない、はずだったのだ。 仕事が一段落して、電話をしているトムさんを壁にもたれて待っていた。胸ポケットから煙草をとりだし、一服する。ふ、と息を吐く。と、白い煙りの向こうの路地から黒い塊が現れた。 全身を黒でまとめて、ファー付きのコートを着た塊…小柄で華奢なそいつはキョロキョロ辺りを見回した。はあはあと息切れをしている。 俺はただぼんやりその様子を眺めていた。様子はおかしかったが、まあ死にそうな感じではないし、大丈夫だろう。もう一度大きく息を吸い込む。すると、黒いコートがこちらを見た。赤い瞳が目に入る。(あ…?こいつ、) その黒コートはテレビのなかの想い人、折原臨也にそっくりだった。 「てめえ、」 「言いたいことはわかるよ、でもちょっと待って。」 そいつは早口にそういうと、いきなり腰に手を回し、胸に顔をうずめてきた。ふんわりと甘い香りが体を包む。びくりと身じろぎをした俺を戒めるように細い腕に力が込められる。 臨也が出てきた路地から、複数人の…どう考えても堅気ではない…男たちがばたばたと走ってきた。臨也は俺の体を盾にするように立っている。男たちは辺りを見回し、路地を引き返していった。 「…あー、やっと帰ったよ…。ほんっとしつこいったらさ。」 「おい、」 「うん?ああごめんね、ありがとう。」 抱きついたままの臨也に声をかけると、テレビと同じ笑顔で笑った。 「このことは内緒で、ね?…ん?あれ、お兄さん、どこかであったことあるっけ?」 「いや、俺はあんたをみたことあるが、あんたと会うのは初めてだ。」 「うーん…そう、かなあ。…あ、ちょっと待って。思い出した。お兄さん、幽平くんのお兄さんだ。」 きゃらきゃら子供のように笑う臨也はテレビとの印象とはまったく違っていて、おかしな気分になる。 そしてその笑顔が自分に向けられていることに胸が高鳴った。 「知ってんのか、幽のこと。」 「うん、一緒にドラマでたからね。」 知ってる。いつも見ていた。そう返そうとしたところで、電子音がけたたましく鳴り響いた。臨也は眉をひそめ、マネージャーだ、と呟いた。 「ありがとね、幽くんのお兄さん。それじゃあばいばい、」 言い残し、足早に去ろうとする臨也。行ってしまう。こんなところで臨也と出会って話せたというのに、このままでは終わってしまう。ぐるぐる混乱する頭とは裏腹に、体の反射は早かった。 臨也の細い腕をがっしりと捕まえる。 「?え、なに」 赤い瞳に見上げられ、さらに脳内は混乱を始める。ぱくぱくと何も言えなくなった俺を見上げ、臨也はにやりと笑った。 「またね、平和島静雄さん。」 この臨也、芸能人のくせにびっちっぽい…! title/zinc |