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またか、と思った。下半身辺りを先程からまさぐっている手を一瞥し、俺はふうと息を吐いた。電車に乗ると、こうやって俺が男だとわかっていても痴漢をしてくる奴がいる。
ぎゅうぎゅう詰めの満員電車でドアに追い込まれた俺は横に立っている自分の恋人を見る。シズちゃんは何も気付いていないようで、ぼうっと窓の外をみている。
よかった。電車内で暴れられたらこっちまで被害がくるかもしれない。
俺は息を吐くと、目を閉じた。何も感じない、何も感じない。心の中で呪文のように唱える。たたんたたんと電車の一定のリズムに揺られ、俺は精神をどこか遠くに飛ばして気持ち悪い感覚に耐えた。




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その光景を見た瞬間、思わず吊革を引きちぎりそうになった。隣で眉間に皺を寄せて立っている臨也の下半身に伸びている、手。
あきらかに当たってしまったでは済まされない触り方をしている。びきりとこめかみに青筋がたつのがわかった。
怒りが振り切れそうになる一瞬前、臨也が視線をこちらに移し、唇だけを動かして大丈夫だと伝えてきた。いつものことだ、とも。だから暴れないで。懇願するように臨也は首を傾げる。
俺は振り上げた拳をどうすることも出来ず、指を解いて臨也の肩を抱き、引き寄せた。臨也は心底驚いたようで、ぅえっ!?とかなんとか間抜けな声をだしていた。
急に消えた臨也を探すように手の持ち主…普通のサラリーマンっぽいおっさん…が一歩足を踏み出した。俺は臨也に気付かれないようにその革靴の足を踏みつけた。そして出来る限り凶悪に笑いながら、臨也がしたように口だけで言ってやった。
こいつは俺のなんだよ




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驚いた。大丈夫だと言った直後、シズちゃんが俺の肩を掴んで強引に引き寄せてきた。俺は抵抗する間もなくすっぽりとシズちゃんの胸に収まる。
俺がいたはずの場所には例の手がふらふらしていて、くたびれたサラリーマンがきょときょとあたりを見渡している。こんな真面目そうな人がねえ、とか他人ごとのように思っていると、シズちゃんの唇が微かに動いた。(…え、え、ちょ、…っと!)
どくどく高鳴る鼓動がこの密着した空間でシズちゃんに聞こえてやいないか心配だ。
(な、なんつーこと、言うんだよっ…!)







もう一つ違うバージョンもあっぷしたいです
こっちは王子様シズちゃんと乙女臨也


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