小説 | ナノ


珍しく臨也の方から、会いたいなどという(臨也にしては)甘たるい誘い文句が携帯に送られてきていた。静雄もそれを断るような野暮ではない。仕事を早く終わらせ(メールの内容だとか、それを臨也がどんな顔をして打っていたのだとか、考えていると不思議とイライラは最小限に留められ、スムーズに仕事が進んだのだ)、浮き足立って新宿へと向かった。渡されていた合鍵でドアのロックを解除して、慣れた足取りで事務所となっているリビングへと向かう。声をかけようか迷って、そのままドアを開けた。いつもと変わらぬシンプルに纏められた広い部屋が広がっている。大きな窓からはネオンの輝きが見えた。しかし当の臨也は見当たらず、首を捻っていると計ったように携帯に着信が入った。
案の定臨也からで、屋上だから、早く来て、とだけ言って一方的に切られた。少しいらっとしたがまあいいだろう。

「シズちゃんこっちだよ」

満点などとは決して言えない、精々50点程の星空の下、臨也は静雄を手招きした。星は少ないが、三日月だけは煌々と輝いている。敷かれている茣蓙の上に胡坐をかいて座っている臨也の隣に静雄は腰を下ろすと、臨也に倣い空を見上げる。小さな茣蓙は成人した男性二人が座るにはいささか小さく、自然二人は寄り添うような形になった。

「やっぱり都会はだめだねえ、ちっとも星が見えやしない。月だけは嫌味なくらい見えてるけどさ。」

星座さがせないかな、今なにがあるんだろ。臨也が夜空をかき混ぜるように手を掲げ、細い指がひらひらと黒い空をさ迷う。暗闇に指が包まれているのを見て、静雄は思わず臨也の手をとった。そのまま己の掌で握りこむ。臨也は驚いたように一瞬体を強張らせたが、それ以上なにも言わなかった。しかし、月に照らされた横顔は随分と熱そうだ。(俺だけが、こんな風になってる臨也を見られる。)
握ったままゆっくりと手を下ろすと、臨也の指が小さく動いた。もぞもぞと手の向きを変え、一回りほど違う静雄の手を握り返した。次に驚いたのは静雄だった。思わずすぐ隣の臨也を見ると、それに気が付いた臨也が不機嫌そうな声を上げた。

「何…そっちが先にやってきたんじゃないか…嫌なら別に、」
「嫌じゃねえ」

視線を下げた臨也が握っていた手を緩めるのを感じて、静雄は思わず声を上げていた。驚いたように顔を上げた臨也に、もう一度、嫌じゃねえから、と言い聞かせるように言う。小さく小首をかしげ、また俯き、そう、とだけ臨也は言った。






本当はどこか遠くに行きたかった。きっかけはなんだったのか思い出せない。くそったれなあの仕事かもしれにし、それ以外かもしれない。ただどこか遠くに行ってしまいたかったのだ。どこに行こうかと考えていたとき、ふと思い浮かんだのは、シズちゃんだった。
(シズちゃんと)(シズちゃんとどこか遠くに消えてしまえたなら)
誰にも秘密で、ここからいなくなることなんてできるだろうか。シズちゃんと二人だけで遠くまで旅することが出来るだろうか。そう考え出すといてもたってもいられず、普段は絶対にしないことをしてしまった。
随分昔のことだけれど、高校のころ、シズちゃんと夜の学校に屋上に忍び込んだことがあった。そのときにシズちゃんが、田舎に暮らしたいと言ったのを俺は今でも覚えている。俺はなんて答えたか忘れてしまったけど、その言葉だけはなぜかずっと忘れていない。
肩が触れ合う距離で隣に座ってきたシズちゃんの香りに少し頭がぼおっとした。月に照らされた横顔は産毛まで見えているような気がして、思わず目をそらした。夜なのに、眩しい。
握られた掌がじんわりと汗ばんでくる。ああどうしよう、恥ずかしいな。

「そういや、高校のときさ」
「うん?」

ふとシズちゃんが口を開いた。考えていることが知られてしまったのかと一瞬ひやりとする。シズちゃんは妙に鋭いから。

「夜学校入って見たことあったよな。今日と同じであんま見えなかったけど」
「あー」
「そんときさ、」

ふ、とシズちゃんが笑った。

「俺が田舎住みたいっていったらさ、お前、俺を置いてったら殺すからっつって泣いたよな」

嘘だ、と思った。
シズちゃんが、覚えてたなんて。あんな他愛ない俺との会話を。俺が覚えてるのよりはっきりと。
(そんなこと言ったんだ)
馬鹿みたいだな。それに、泣いただなんて。シズちゃんびっくりしただろうなあ。
手が少しきつく握られた。頬にシズちゃんの開いた指が触れる。睫をなぞり、それから唇に触れた。

「泣いて…ねえな」
「…泣かないよ。…シズちゃん」

唇に触れたままのシズちゃんの指を握る。シズちゃんの人差し指は長くて、少し骨ばっている。

「いつか秘密で、2人でどこかに行こうね。俺を置いていかないでね」

触れ合った唇は温かくて、溶けてしまいそうだ。三日月が、夜空が笑っているように見える。なんて言ったらシズちゃんはどんな顔をするだろう。
唇が離れたら聞いてみよう。なんて言ったかは、ひみつにしよう。








Y//U//K//Iさんのひ//み//つがシズイザだとついったーのフォロワさんが呟いてらしたので


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