小説 | ナノ


ドタチンに抱きしめられて、好きだと言われた。
昔から、気付いてた。だけど、気付かないフリをしていた。俺はシズちゃんに夢中だったし、ドタチンはほかの人間とは違ってはいたけど、でもそれだけだった。シズちゃんみたいに、逸脱した化け物ではなかったし、新羅のような変わり者の変態でもなかった。ごくごく普通の、その他大勢。

「臨也」

ぎゅ、と強く抱きしめられて、少し息が苦しい。シズちゃんに、こんな風に抱きしめられたことはない。彼は人一倍臆病だから。いつも、どこか遠くにいるような、そんな風に俺を抱きしめた。身をよじってみても、腕は解かれない。抵抗出来ないのは、なんでだろう。風が頬を這っていく。ひんやりした頬に、ドタチンの温かい指が触れた。涙の跡を指で辿る。ほんの少し震えた体に気付いたのか、ドタチンが離れていく。寒いな。独り言のように呟くと、ドタチンは俺の手を握って、部屋へと足を進めた。
俺は、一度もドタチンを拒絶するようなことは出来なかった。







昼に、あの綺麗なおねーちゃんが現れてから、静雄の様子は更に輪をかけておかしくなった。沸点が低いのは同じだが、ふとした拍子に上の空になる。ぼんやりとして、まるで魂が抜けてしまったような表情を浮かべる。名前を呼ぶと、たっぷり三秒ほど溜めた後、うす、と小さな返事をよこす。
仕事も残り二つだ。しかも、どっちの件も結構楽そうだ。街はネオンに包まれてきた。だんだんと今までどこに身を潜めていたのか、昼とは違った多くの人種があふれ出した。はあ、と一つため息をついて、後ろを歩いてる静雄へ声をかける。

「静雄、今日はもうあがりでいいべ」
「はい……え、でもまだ…」
「あー、後は楽なやつだしな。それにほら、お前、疲れただろ?昼のアレ…」

昼のアレ、と耳打ちするように言うと、静雄がぴたりとたちどまった。やばい、怒らせたか?慌てて距離をとるが、切れる様子はない。静雄はその場で立ち止まって俯いている。サングラスのせいもあって、表情はまったく読み取れない。距離をとったまま、静雄、と呼びかけてみると、静雄は俯いたままサングラスの位置を直した。

「すんません、迷惑かけちまって…」
「いや、それは、まあ、そういうこともあるだろ、なっ?とにかく今日は早く帰って早く寝な?」
「はい…すんません」

そういうと、静雄はくるりと踵を返し、夜の街へと消えていった。その後姿を見守ったまま、後頭部をがりがりと掻く。なんだかなあ。若いっつうか、青いっつうか。あの綺麗なねーちゃん、あいつの彼女の友達かなにかか?仕事がどうとかいってたが、よくわかんねえなあ。

「うまくいかねえもんだなあ…」
「オートムサン、ドシター?ナンカアッタカー?寿司クイネー!パーッとハッピーヨー」

通りがかったサイモンにそんな相槌をうたれ、俺は後輩の後姿を思い出しつつ、一人酒をあおることにした。仕事は明日やりゃあいい。なんかよくしらねえが、がんばれよ、静雄。







トムさんに気を使ってもらって、申し訳ない。仕事にも身が入らなくてぼおとしちまったし、本当に駄目だ。
帰りに適当に買ったコンビニ弁当の入った袋を提げて、俺は古いアパートの階段を登った。かんかんと安っぽい音が響いて、虚しい気分が加速する。今日は金曜だ。常なら、臨也がうちに来ているか、俺が臨也の家に行っているか。そのどちらでもない日など、臨也と付き合っていたころはほとんどなかった。いや、初めのほうは、なかった。俺が外で遊んでいるときだって、臨也はうちで一人で待っていって、日付がかわる少し前くらいに(多分、終電がなくなる前きらいだろう)、夕食だけ作って帰っていくこともあった。臨也の家で会うと約束していた日は、きっと臨也はいつまでも起きて待っていたのだろう。次の日電話をかけてみれば、ひどく眠そうな、だるそうな声で電話に出ていたから。(しかし臨也は、用事があったとだけ言う俺を責めるようなことはしなかった。そっか、とだけ言って、小さく笑っていた。)
薄いドアを開かれば、暗い部屋が俺を迎え入れた。ここ臨也がいてくれたら、どれだけ嬉しかっただろう。ああ、あれは全部悪い夢だったのかと、そう思って臨也を抱きしめるのに。腕の中で臨也の細い感触を思い出し、それから自分の勝手な考えに奥歯を噛み締めた。なにが夢だ。夢なわけがないだろう。都合のいいように、自分勝手にそんなことを考えている。自分で撒いた種を、なかったもののように扱おうとしている。
油がうきだしたコンビニ弁当をレンジへ突っ込む。けじめを、つけなければ。そうすれば臨也が戻ってきてくれるかも知れない。そんな甘い考えは、もう、やめろ。自分がしたことを思い出せ。臨也が、どんな思いをしたか、考えてみろ。
出来上がりを告げる電子音を背中で聞きながら、俺は携帯の電話帳を開いた。操作をしだしてすぐに、見知らぬ名前と電話番号がでてくるのだから、本当に俺はどうかしている。携帯を耳に押し当てながら、俺はまたぼんやりと臨也を思い出した。もう、きっと、抱きしめることも、触れることさえできないだろう。一生、会えないかも知れない。そうであるのが当然だ。そうでなくてはならないことを、俺は臨也にしたんだ。
電話口から聞こえてくる高くて甘ったるい声はやはり聞き覚えがない。この人にも、本当に、申し訳にことをした。どうすればいいかわからないけど、とにかく、なにもかもを話すしかない。けじめ、だ。







繋ぎ回でした。






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