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※ドタ臨ですのでご注意を




秘書だという女性に借りたカードキーでドアのロックを解除する。明かりが一つもついていない廊下を門田は手探りで歩いていった。ぼんやりとした光が磨り硝子の向こうから見える。あれは、パソコンだろうか。

「臨也」

暗い部屋というものは人を不安にさせるものだ。あり得なくて嫌なことばかりが門田の頭に思い浮かんでは消えていく。
磨り硝子のドアをあけ、壁に手をついたまま歩を進める。ニ、三歩歩くと、指が電気のスイッチらしい三角形の凸にあたった。3つ縦に並んだそれらを一気に押す。カチカチ、と小さな音がして、部屋が一気に明るくなった。しかし、そこに臨也の姿はなかった。回転椅子のあるデスク、ソファー、キッチン。どこを探しても見当たらない。二回に繋がる階段を上って、開いたままになっているドアから中を覗き込むが、人の気配はない。ならどこへ行ったのか。きょろ、室内を見渡してみても隠れられるようなスペースはありそうにない。しばらく室内を探していると、ひとつだけ調べていない扉があった。それは屋上へと繋がる扉のようだ。少々躊躇しながら、そっとその階段を登る。鉄製のノブを捻ると、扉はあっさりと開かれた。
濃い濃紺に無数のネオンが輝いている。薄い雲は絵の具を吸い込んだ紙のような色合いをしていた。そのなかで、ぽつんと一つだけ、黒い。
ふわりとファーが風に揺れている。ぼんやりと空を見上げるその後姿は、今にも消えてしまいそうだった。声を掛けることができず、空をさ迷う手のやりどころを失ってしまう。なぜかはわからないが、臨也が泣いているように感じたからだ。こちらを振り返りもしない臨也がどんな表情をしているかわからない。触れることができなかった手をゆっくり下げ、代わりにできるだけ低く、落ち着いた声で名前を呼んだ。
細い肩が震えて、ゆっくりと臨也がこちらをみる。その目は明らかに、俺ではない誰かを期待していた。しかしその期待はすぐに消え、暗闇に塗りつぶされた、赤い瞳がゆるやかに笑った。

「ドタチン。どうしたの、新宿に来るなんて珍しいねえ。」
「狩沢が、お前をみないから見て来いってうるさくてな。勝手に入って悪い。」
「いいよ。それに、入れたってことは、入れてもらえたんでしょ?波江さんに。彼女は優秀だから、入れていい奴と駄目な奴の区別くらいつくしね。たとえば、シズちゃんなんか、絶対入れてもらえやしないさ」

はは、と乾いた笑いを零すその表情は、暗くてよくわからない。ただ、こいつのこの笑い方は嫌いだ。高校のときも、こいつは相当機嫌が悪いときか、精神的にきてるときはよくこの笑い方をしていた。

「……静雄が、どうかしたのか」
「っ、」

半ばカマ掛けのつもりで言っのだが、どうやら核心だったようだ。こちらに歩いてきていた臨也の足取りが揺れた。
下を向いてしまった黒髪を眺めながら、心の中で渦巻く感情を、俺は至極冷静に見極めていた。これが始まったのは、なにも最近のことでない。揺らがない臨也を唯一揺さぶり、壊し、崩し、そして手に入れているのはいつだって俺ではない。俺ではないのだ。
(だけど)
だけど、今の臨也は。

「ドタチン、」

簡単に、こんなにも簡単に、捕まえられる。

「…黙ってろ」

引き寄せた細い手首を離さずに腕の中に納まる臨也のつむじに唇を寄せた。常に付きまとっていたあの煙草の香りは、すっかり消えていた。
潰してしまうのではないかという位抱き込むと、苦しそうな息遣いが耳朶を掠めた。それでも、腕を緩める気はさらさらなかった。崩れかかった臨也を逃がしたくはなかった。正攻法だろう。弱っているときに、漬け込むのは。そのことを、臨也だって理解しているだろう。これはこいつが好んで使う手なのだから。

「もう、やめとけよ」

あいつなんか。それで、俺にしとけよ。
脳に直接響くようにと、柔らかい耳朶に唇をつけてそうささやく。身じろぐ臨也。俺を捕らえたまま、どこかへ逃げていく、臨也。蜘蛛のように、時折水を運んできては、俺を嬲り殺していく、臨也。気付いてただろう、お前だって。

「臨也、好きだ」

もう、逃げんな。






ドタチンがすきです。


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