小説 | ナノ


臨也からの提案を俺は全力で拒否した。風邪でも移しちまったら最悪だ。しかも、風邪ひいて寝てるところなんて絶対見られたくねえ。
できるだけやんわりと断ると、普段はそこそこ諦めのいい臨也は何故か今回に限って食い下がってきた。誰かに看病してもらうの、俺じゃ心許ないの、風邪移しちゃうとか心配してるの。普段からよく話す奴だとは思っていたが、たたみかけるようなこの口調に俺はほとほと圧倒されてしまっていた。

「もしかして、迷惑、かな。」

ようやっと止まったマシンガントークに少し息をついていると、か細い声音がそう尋ねてきた。迷惑なはずがない。むしろ俺は、臨也に看病してもらいたかったのだ。

「迷惑じゃ、ねえけど……」

ものすごく情けない声音になてしまったのも仕様がない。下心ばかりで電話をかけて、しかもそれが叶ってしまいそうなのだから。ただ、臨也に風邪をうつしてしまうのは、嫌だった。

「風邪、移るかもしんねえぞ。いいのか」

本当に自分はいつからこんなに狡賢くなったんだろうか。いいのか、なんて、臨也に選ばせて。答えなど見え透いているのに。
案の定頷いた臨也は、仕事が終わった五時ごろ訪ねてくると約束して電話を切った。五時。携帯を枕元に置いて、俺はゆっくりと目を閉じた。なんだか体が軽いような気がした。ゲンキンだ。









シズちゃんとの電話のあと、結局俺は仕事など手につかず、PCで「風邪 ご飯」などと検索していた。定時の四時には駆け足で事務所から出て(新羅に冷やかされたけどそんなの気にならないくらいだった。)近くのスーパーに寄って。しこたま材料を買い占めるとシズちゃんのアパートへと向かう。あ、着替えるの忘れた。スーツだけど、まあいっか。
少女趣味全開の白いアパートの、これまた少女趣味全開の真っ白なドアの前にたつ。小さいシロツメクサのイラストが描かれた表札には、平和島、と力強い文字が躍っていた。インターフォン代わりに取り付けられた呼び鈴の紐を引くと、中の住人とは似ても似つかぬ可愛らしい音が鳴った。少し待っていたが、ドアが開く気配はない。もしかして、動けないほど、風邪、酷いのかな。
さあっと嫌な光景が思い浮かんで、俺は咄嗟に、少しくすんだ金色のドアノブを捻った。がちゃり、とノブはなんの引っかかりもなく開く。鍵、開けっ放しじゃないか。いくらシズちゃんがちょっぴり喧嘩が強いからって(これは前本人から少しだけ聞いたのだが、どうやらシズちゃんは物凄く喧嘩が強いらしい)(シズちゃんは嫌がってるみたいだけど)無用心だ。しかも、風邪引いてるのに。
買い物袋をガサガサさせながら早足でリビングまで向かう。このアパートは内装までもが少女趣味で、真っ白な壁にはかわいらしい小花柄が塗られ、中のドアも茶色の木製で、兎やら馬やらが彫りこんである。そのファンシーな扉を開けて、壁際に備え付けられた、かわいらしいデザインの(これも初めからあったものらしい)ベッドを見やった。金色の髪が布団の端からちらりと見える。そっとビニール袋をテーブルに置いて、ベッドに近寄る。
耳まで掛けられた布団を慎重に首元までめくると、少し赤くなった顔と、荒い息遣いが聞こえてきた。しずちゃん、小さな声で名前を呼んでみても、起きる気配はない。指先でそっと頬に触れれば、ほんの少し眉を寄せたが、しかし鳶色の瞳は姿を現さなかった。

「シズちゃん」

唇でその言葉をつむぐたびに、胸の辺りが苦しくて仕方なくなる。働き始めてから、こんな感覚とは縁がなかったのに、シズちゃんと出会ってからはいつだってそうだ。考えると苦しくて、それでも考えないではいられない。気付けばシズちゃんのことを思い浮かべていて、声が聞きたくて会いたくて。大人になって我慢もきくようになってきたのに、最近はどうだ。シズちゃんのことになると俺は我慢なんてできやしない。今日だって、半ば強引にここに来たのだ。渋るシズちゃんを言いくるめて。
前髪をそっとかき上げて、触れた額はひどく熱い。電話でも鼻声だったけど、これって結構酷い風邪じゃないか、病院、は、今からはもう大きいとこしか開いてないかな。熱くなった額を撫でてから、おかゆをつくろうとベッドから離れる。

「いざや…?」

立ち上がると、シズちゃんがうっすらと目を開けていた。その瞳はぼんやりとしていて、ああ、寝ぼけてるだな、と思った。

「ん?なに、シズちゃん」

もう一度しゃがんで、目を覗き込む。シズちゃんは熱で熱くなった手を俺の頬に触れさせた。そのまま手のひらを滑らせて、後頭部の髪をかき混ぜられる。ぐらぐらする頭を、シズちゃんがそっと引き寄せた。

「え、」

一瞬の出来事だった。何が起きたかまったく理解できなかった。ただ、ひとつだけ分かったのは、シズちゃんは俺が思ってたよりもずっと熱があるってことだ。
触れた、シズちゃんの唇はすごく熱かった。
火傷するほど熱いような唇はすぐに離れていて、あとにはどんどん熱くなる俺の顔だけがが残された。
鼻先がつくほど近くで、シズちゃんが少しだけ笑った後、ぱたりと後ろに倒れていって、またすうすうと寝息を立て始めた。(な、なに)(なにがおこったの、いま、)
がばっと立ち上がり、2、3歩後ずさると、アンティーク調の机にぶつかった。その拍子に買い物袋からポカリスウェットのボトルがごろりと転がる。がこん、と音をたてて落ちたボトルに、シズちゃんがぴくりと瞼を動かした。
それが合図だった。俺は何も考えられず、脱兎の勢いでシズちゃんの家から脱出した。









すごくいい夢を見た気がした。臨也とキスする夢だ。臨也が俺の名前を呼んで、髪をかき上げて、額を撫でていた。その仕草がすごくかわいくて、俺も臨也の名前を呼んで、皇かな頬を撫でた。さらさらで引っかかりのない髪を梳いて、そっと臨也の頭を引き寄せる。触れるだけのキス。冷たかった臨也の唇は、ほんの一瞬でみるみる熱くなった。
照れてんのか、かわいいな。
そう思って、もう一回しようとしたのだが、そこにはもう臨也はいなかった。代わりにごとん、という音が響いて、俺は夢の中から引っ張り出された。
ぼやける視界には、いつもの黒コートではなく、グレーのスーツを着た臨也が、とてつもなく真っ赤な顔で写った。口元を手で覆っていて、大きな瞳を見開いてこっちを見た後、すごい速さで部屋を出て行った。
臨也、どこ行くんだよ。俺の風邪、看病してくれんだろ。
その言葉は、眠気に押しつぶされて発することができなかった。










静雄風邪ネタはここでいったん終了です〜はやくくっつけくっつけと思いながらかいてます


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