小説 | ナノ


真っ白の世界の中、臨也がこっちをみて笑っている。何か楽しそうに話している。なあ、何楽しそうにしてんだ?その細い手首をつかんでみると、臨也はまたふわりと微笑んだ。俺の手をそっと握り返して、目を伏せる。その髪をなでてやると、嬉しそうに肩を揺らした。ああ、幸せだ。






爽やかな風がさわりと髪を揺らしたことで、俺は目を覚ました。開け放たれた窓から差し込む光はカーテンを透かしている。あれ、俺、いま、…?
今まで目の前にいたはずの臨也は消えて、汚れた薄い天井があった。耳元で電子音ががんがんと鳴り響く。
あ?俺、この前、時計、うるさくてぶっ壊さなかった、か…?
枕元に手を這わせてみると、つん、と震えている携帯に触れた。ああ、そうだ、これ目覚ましの代わりにしたんだった。携帯をつかんで開いてみると、多数の着信履歴が残っていた。なんだこれ、なんで……、

………いやまさか、おい、嘘だろ……?

ちかちか光っている携帯の画面の時計が、九時半を示している。式は、確か、十時半、から…、で……。画面に映った着信履歴は、大量の新羅、門田、トムさん、そして最後は臨也からだった。フリーズしてその画面を見つめていると、携帯が留守電を流し始める。

『静雄かい?いまどこらへん?』『静雄か?もう着くか?』『お、静雄か?緊張するのもわかるけどよ、早く来てやれよ、嫁さんきれいだべ』『静雄!?いまどこ!?』『静雄どうした、事故ったか!?』

だんだんと緊迫してくるメッセージに俺の背筋がぞわぞわと冷えていく。そして、最後のメッセージが始まった瞬間、俺は全力でベッドから飛び起きバーテン服を適当に身に付けると、鍵をするのも忘れて家を飛び出した。

『………………俺、ドタチンと結婚する』





控え室で俯く臨也に、俺はどう声をかけていいかわからなかった。まさか、あの静雄が、式に遅刻するなんてことはないだろう。ないと、信じたい。
背中が大きく開いたデザインのドレスをまとった臨也はヴェールを膝にかけて、ぴくりとも動かない。それはそうだ。これから結婚式をするというのに、肝心の新郎がいないのだから。

「…ドタチン」

どうしようかと思っていると、臨也が不意に俺を呼んだ。思わず声が裏返った。それにさえなにも言わず、臨也はゆるゆるとこちらを振り返る。

「…臨也」
「ドタチン、俺と…」

俺と、そこまで言って、臨也はきゅっと唇を引き結んだ。何も言わずにその姿を見守ると、臨也はふるりと頭を振った。

「だめだー…やっぱりさ、俺は、シズちゃんのバカと結婚したいよ。」

結婚式に遅刻してくるような脳筋だけど、それでも。そういって微笑み、臨也は立ち上がった。ヴェールを被るとその顔は薄い白のカーテンによって隠された。長いドレスを持ち上げて、はきなれないヒールを履いて、臨也は早足で歩く。その姿はとても堂々としている。

「シズちゃんはさあ」

前を歩きながら、臨也はとても明るい声で言った。

「バカでアホで脳筋で変態だけどね」

くすくすと小さな肩が震えている。その隣に並んで、臨也の細い手をそっと握った。臨也は俺をちらりと見て、また笑った。

「ドタチンみたいに、優しくてお父さんみたいじゃないけどさ」

俺の手を握り返しながら、臨也はおっとりと微笑んだ。

「それでも、俺が悲しくなるようなこと、絶対しないんだ。」







走った。とにかく俺は走った。今なら世界中の誰よりもなによりも早い自信があった。まさしく風になるとはこのことだと思った。走った勢いで乗った高速道路のETCさえ俺を感知しなかった。
式場は、海の見える小さめのチャペルにしようと臨也と決めていた。地図はない。が、臨也の匂いは海に近づくにつれて強まった。
とにかく走った。砂浜を駆け抜けると、途中で来良の金髪のガキと、知らないショートカットの女の子とすれ違った。来良のガキは少し頬を赤く染めながらなにかぶつぶつと文句を言っていた。横を歩く女の子は、独特の微笑を称えながら、素直じゃないね、と、金髪の頭を撫でていた。
砂を蹴り、砂埃を巻き上げ、それが服につくことも気にせず、やっと見えてきた白いチャペルへ飛び込むように駆けた。
開け放たれた大きな扉へ、問答無用で突っ込む。赤い絨毯の上でなんとか止まると、新羅が静雄くん!と呼んだのがわかった。声に導かれるようにして、顔を上げる。

「シズちゃん」

目の前には、真っ白なドレスに身を包んだ臨也が、ヴェールに隠された赤色の瞳を見開いてこちらをみていた。ふんわりと膨らんだスカートをふわふわさせながら駆け寄ってくる。その姿はまるで、俺が今朝見た夢のなかと同じようで、思わず俺はこれがまだ夢なのではないかと錯覚してしまう。それほどに、そのドレスは臨也にとてもよく似合っていて。

「シズちゃん、どうしたの、こんなぼろぼろで…」

臨也は俺の前に座り込み、そっと汚れた頬をぬぐった。ぱちぱと瞬きを繰り返すその顔がかわいらしくて、いとおしくて。
ヴェールでさえぎられている顔を、もっとしっかりと見たくて。

「臨也、遅刻してごめんな」

そっとヴェールを捲り上げながらそう言うと、臨也の瞳が潤み始めた。バカ、と小さく呟いたその唇を指でなぞる。
涙を染み込ませていく、うっすらと桃色の乗った唇に、俺は優しく自らの唇を重ねた。
触れるだけのそれに、震える睫がかわいらしい。そっとその体を抱き上げ祭壇をみると、新羅があきれたように微笑んでいた。その横で門田も、精悍な顔を緩めている。
周りからはたくさんの拍手と祝福の言葉と、それから冷やかしが飛んできた。
恥ずかしそうにヴェールで顔を隠した臨也をこのままどこかに閉じ込めてしまいたい欲を抑えながら、俺は臨也を幸せにすると誓った。







ここで一応完結です!ありがとうございました〜!
大遅刻してしまいました、が、臨也、だいすきだよおおおおお!!!
このあと結婚式のその後と結婚式編臨也視点を書きたいなあと思っています。


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