シズちゃんの荷物を運び込んだり、日用品やらなんやらを買い揃えたり、(俺の提案で歯ブラシは色違いにした。)(ここでひとつ問題が起きたのだが、結局俺が負けて、俺は今ピンク色の歯ブラシを愛用する破目になった。)幽くんの贈り物の家電一式をどうするか考えたり(結局使ってない部屋をひとつ収納用にしてそこに押し込んでおいて、いつか家を建てた時に使うことにした)していたら、あっという間に数日が過ぎていた。さすがシズちゃんの怪力もあってかいろんなことはスムーズにすすんでいった。スムーズすぎて疑ってしまうくらいに。 夜の初めくらいの、青と赤が混じった空の色を眺めながらコーヒーをすすっていると、波江がウエディングドレスのカタログを俺のデスクに置いた。いくつか付箋がとびだしている。これ、ジャンプくらいの厚さ、あるんじゃないかなあ。波江をみあげると、いつもの無表情に橙が差し込んでいて、なんとなく顔色がいいように思えた。 「なに、なんか機嫌いいじゃない」 「ええ、まあね。あなたのぐちぐちしたアレコレも聞かなくてすむと思うと清々するわ。」 そういうと波江は自分用のマグに口をつけ、分厚いカタログをぱらぱらと捲った。 「これ、あなたの妹だとか、あのワゴンにのってくる女だとかが今朝置いていったわよ。付箋のページをしっかりチェックさせろって。」 「あー、あいつら…いつの間に狩沢と手を…」 どのページを捲ってもやはり丈の長い女性用のドレスがいくつも写っている。思うに、シズちゃんのほうにはこれの男物のカタログがいっているだろう。おそらく職場とか。ピンクの付箋に、「マイル」と書かれたページを開いてみる。すぐに次のページに移動。ないない、いまのはない。ふ、と波江が笑った。見上げなくてもわかっている、どうせすごくバカにした顔をしてんだ。今のいいじゃない、なんて言葉がふってきて、俺の予想は確信へと変わった。やっぱりな、こいつはそういう女だ。 すぐになくなったやる気だが、チェックしておかないと後がいろいろ面倒そうだ。次の「えりか」とかかれた付箋のページを開いてみる。うん、狩沢にしてはいいじゃないか。シンプルなデザインだし。 ただこのバックスタイル、これ、どうみてもきついだろ。俺は細い方だけど、体つきは男だし。このカタログのモデル達は細くて滑らかな身体を持っている。 こういうウェディングドレスは、シズちゃんが着ろとうるさかったから着るだけで、俺はきたくなんてないのだ。だってどうせ似合わない。こんなのは、男が着るようには作られてない。 籍をいれたからって、何かが急激に変わるわけでもない。俺かシズちゃんが女になるわけでもない。子供が生まれるわけでもない。 俺なんかの遺伝子なんかどうだっていいけど、シズちゃんは違う。まっとうに生きて、子供生んで、両親だとか幽くんだとかと幸せに生きていくはずだったのだ。あの、金髪の後輩なんていい子じゃないか。なのに、俺。シズちゃん、見る目ないよ。 ページを捲る手を止めていた俺に、波江はそのドレスが気に入ったのだと勘違いしたようだ。あなたにしてはいい趣味ね、とかなんとか零している。余計なお世話だよ。 「波江さんは、スタイルいいよね」 「………なによ急に。気持ち悪い」 「ひどいなあ、褒めてるじゃないか」 はは、と自嘲気味に笑ってみせると、波江さんは眉根をよせてこちらをねめつけた。 「もうあなたの愚痴を聞くのはうんざりよ。…これから結婚しようって人が、そんな笑い方するなんて失礼だわ。」 ぐい、と残ったコーヒーを飲み干し、それを乱暴にデスクに置くと、波江さんは玄関へと早足で歩いていってしまった。 失礼。それは、誰に対して? 「波江さん、」 「あなたのことを幸せにしてやるなんて物好き、あの男くらいしかいないわよ。それをあなたはぐちぐちと…男なら腹括りなさいな。」 長い髪にさらりと指を通して、波江さんは少し俯いて言った。いつまでたっても手に入らないとわかっていながら思い続けているのは、辛いことだ。今、そうでないとわかっていても、思い出すのもつらい。 「帰るから。次は、多分、式場ね。あなたが来なかったら、わたしがそのドレス着てあげるわよ。それで誠二の所までいってやるわ。」 それだけいうと、挨拶もしないで波江さんは出て行った。呆気にとられたまま、その姿が消えたドアを見つめる。 失礼だ。それは、シズちゃんに対してなのか、それとも波江さんなのか、それとも。 その答えはきっと波江さんにしかわからないのだろう。けど、なんか、すごく、 「楽しみだなあ」 結婚式まで、あと、三日。今夜は、シズちゃんが帰ってくる前に、電話してみよう。 (シーズちゃん、おつかれ)(おう、なんだ?なんか買い忘れか?)(んーん、なんにも。…楽しみだね)(あ?何が)(なんも!今日はシチューだよ!) マリッジブルー!波江さんすきすぎますねこれ… |