小説 | ナノ


※静モブ表現あります





臨也への気持ちは、きっと俺の初恋だった。そして、最後の恋の、はずだった。



「静雄、お前、なんかあったのか?」

仕事の休憩中、トムさんはポテトを頬張りながらそう尋ねてきた。俺は思わず飲んでいたシェーキのボトルを握りつぶしてしまう。あれ以来、臨也に連絡を、していない。いや、もう、俺なんかが、臨也に連絡なんて、できるはずがないのだけれど。固まった俺を見たトムさんは、一瞬表情を固くして、怒るなよ、と言った。

「お前が言ってた、恋人のことか?」
「…っす」

うなずくと、そうかあ、とトムさんは言って、一口コーラを飲むと、また俺を見た。

「これから俺が言うことは、まあ、俺がお前を見てた範囲内の話だ。だから、全部違うことかも知れねえ。だから、年寄りの…つってもそんな年離れてるわけでもねえが…小言かなんかだと思って、聞いてくれ。」

ず、とまた一口コーラを口に含むと、トムさんは、少し息を吐いた。ゆっくりと口を開く。

「お前、最近ちょっと、女遊び、すぎてたと思うぞ。」
「…っ、!」

ぎり、と拳を握り締める。つぶしてしまっていたシェーキのボトルが、さらに圧縮され、小さくなった。トムさんはぎくりと肩を震わせている。

「し、静雄…」
「違うんす、すいません…すいません、続けて、ください。俺が、悪いんで。」

そうか、と首を少しかしげながら、トムさんはまた俺に尋ねた。聞かなければ、ならない。悪いのは俺だ。反省したって、後悔したって、してしまった過去がどうにかなるわけじゃない。ならば、受け入れなくては。

「前から無頓着というか、恋人がいるっつってたのに、結構女と絡んだりしてたしな。まあ、彼女が寛容なんかと思ってたが…流石に、ありゃあ、俺の目から見ても、やりすぎだと思ったぜ。…まあ、俺の勝手な解釈だけどな。お前らのことはお前らしかわかんねえだろうしよ、ただ…」

トムさんは息をつき、なくなってしまったコーラのボトル内をストローでからからとかき混ぜた。

「恋人なら、大事にしてやれよ。」

まあ、俺が言えた義理でもねえけどな、と少し困ったように笑ったトムさんに、俺はどういう顔をすればいいかわからなかった。
大事に。大事にしてやりたかった。大事にしているつもりだったのに、いつの間にか、傷つけた。

「トム、さん」
「お、おう、なんか、出過ぎたこといっちまったよな、すまん静雄、だからキレるのは、」
「違うんす。違う、んです…俺、取り返しのねえこと、しちまって、」

どうしたらいい、俺は、どうしたらいい、それさえわからない、馬鹿が。本当は、知ってる。ただ怖いだけなんだ。あいつと向き合うのも、また、拒否されるのも。怖いだけ。

「どうしたらって、静雄、いったい何が…」

少しあせったようにしていたトムさんが、ふと口を閉じた。俺の後ろをぽかんと見ている。振り返る前に、凛とした声が聞こえてきた。

「あなたが平和島静雄?」

振り向いたそこに立っていたのは、長い黒髪ときれいな髪が特徴的な女だった。切れ長でつりあがった瞳は何を考えているか読み取りにくい、ただ、とても冷たいイメージがあった。まるで、あのときの、臨也のような。

「ちょっと時間、いいかしら。…うちの、折原の、ことで。」

どくん、と心臓が大きな音をたてた。折原。うちの、折原。臨也の知り合いなのだろうか。どういう関係なんだ。なんで、そんな、言い方なんだ。まるで、臨也が、この女のものみたいな、言い方。うごめく心内の醜い感情は、あまりに都合がよすぎた。なんだ、俺は。自分がしたことだろう。それに、臨也がそうだとは、かぎらないだろう。

「…と思ったのだけれど、あなた、話す価値もなさそうね。その顔…わたしが折原の浮気相手とでも思ったのかしら?」

ふん、と女は鼻で笑うと、じろりと俺を見下す。図星をつかれた俺は言葉をのみこんだ。なに考えてんだ、本当に。

「もしそうであったとして…あなた、あいつになにか言える立場なのかしらね?」

ぎ、と奥歯を噛みしめる。苦い、嫌な味が口内で広がった。
そんな立場なわけがない。それよりなにより、俺は、真っ先に、臨也を疑った。あんなに酷い仕打ちをしたのに、ただ困ったように笑っていたあいつを。つらい、と泣いた、あいつを。

「俺は…」
「言い訳も弁解もどちらでも興味はないわ。話したいなら折原に直接連絡をとったらどうなの。私になにか言ったところで、それをわざわざ折原に伝えるなんてことしないわよ。……ああ、あなたが余りに話にならないから、忘れるところだった。私は忠告しにきたのよ。」

相変わらず冷たい視線を俺に投げかけながら、女はまた口を開いた。

「今後折原に対してマイナスになるようなこと、しないで頂戴。仕事に支障がでるのよ。」

氷のような声音で女は淡々と俺にそう告げると、くるりと踵を返した。
言葉が重く俺にのしかかる。どうしてこいつにそんなこと言われなくちゃならない。……どうして俺は、あんな思いをさせた臨也に、都合良く会って、許されようと、している。どうしてこの女を、責めることができる。

「っ、あ、おいっ!」
「…なにかしら」

俺の呼びかけに女は至極面倒くさそう首だけで振り返った。

「…臨也は…臨也は、どうしてる」

しぼりだした言葉は弱々しく、縋るような響きだった。俺がなにか言えた立場か。俺が臨也の心配なんて、していい立場か。

「…あなたのおかげてひどい有り様よ。仕事もろくにできやしない。迷惑だわ。」

そう言い残すと、女はヒールを響かせながら雑踏へと消えた。






波江さんに守られる臨也がすき。


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