※静モブ表現あります シズちゃんに出会ったことが、俺の最後の恋だったんじゃないかと思う。そしてきっと、これが俺の初恋だったんだとも。 「あなた、顔色悪いわよ。」 珈琲をいれた波江が俺の真正面に立ち、いつもの表情で淡々と言った。俺は少しだけ驚いた。まさか波江がそんなことを俺にいってくるとは。というか、気付いていたのか。そんなに顔色やばいかな、俺。すっと目を細め、波江はため息を吐いた。 「ろくに寝てない感じね…倒れないで頂戴よ。困るのはこっちなんだから。」 「はは、手厳しいなあ。」 ファイリングされた書類を俺の机から持ち上げると、波江はこちらを一瞥した。やっぱり波江は波江か。軽く笑って、珈琲に手を伸ばす。すると波江はそれをすい、と持ち上げてしまう。 「何?俺に淹れてくれたんじゃないの?」 「違うわ。私のよ。……あなた、ほんとうに近頃おかしいわよ。顔色だけじゃないわ。態度も、それから仕事も。」 そうかな、とパソコンを見つめたまま笑ってみる。大丈夫。笑顔、まだ、作れる 「そうよ。何度も同じところで誤字をしたり…修正する身にもなってほしいわね。」 ふん、と鼻を鳴らす波江に俺はごめんね、と笑いかけた。すると波江はさらに眉根をよせ、じっとりと俺をねめつけた。首を傾げると、波江は踵を返し、帰り支度を始めた。 「波江さん?まだ勤務時間、終わってないと思うんだけど?」 「そんな状態のあなたなんて話にならないわ。仕事なんてしてないで寝なさい。足手まといよ。」 ハイヒールをかつかつと響かせ、波江はドアに手をかけた。 「……あの男のことなら、私は前々から言っていたでしょう。やめなさいって。どうせろくなやつじゃなかったのよ。…今週は休みをもらいますから。さっさと踏ん切りをつけなさいな。来週の仕事はしっかりやって頂戴よ。」 そういい残し、波江は部屋を出て行った。ばたん、と音だけが大きく響いた。 しんと静まりかえった部屋で、俺は回転椅子の背もたれに体を預け、目をつぶる。思い浮かんでくるのはやっぱり、蜂蜜色の残像と、少し苦い香りと、それから熱いくらいの体温ばかりで。シズちゃんは、俺のこと思い出したりするのかな、なんて考え出して、やめた。きっと彼は、俺がいなくても大丈夫なんだ。 「波江さんに、気付かれちゃうんだなあ。」 そんなに俺、顔に出していたのかな。 「ろくなやつじゃないって、波江さん、ひどいなあ。」 シズちゃんのこと、知らないのに。何にも、知らないのに。 彼の手は温かいこととか、笑った顔はかわいいこととか、照れると耳まで赤いとか、俺が寂しいときは、ずうと抱きしめていてくれた、こととか。 「シズちゃんは、俺といて、楽しかったのかなあ。」 すくなくとも俺は、シズちゃんがいるだけで楽しくて、あったかくて、幸せで。 でも、シズちゃんは違ったのかもしれないな、波江さんにになにもしらないなんていっといて、俺だって、シズちゃんのこと、何も知らないじゃないか。 おれのそばにいて、シズちゃんは、不幸だったのかもしれない。 散々我侭だって言ったし、皮肉だってぶつけたし、喧嘩だってたくさんした。素直じゃないし、泣き虫だし、シズちゃんのことになると重いし、心苦しいときは、一人で眠ることもできやしない。 「俺って、最低な恋人だったなあ、ほんと。」 つぶやいた言葉に、涙は枯れてしまって、出てこなかった。かわりにひどく寒い。頭も重い。このままここでじいっとしていたら、消えてしまえそうな気がして、俺は動かないでまた瞳を閉じた。 まだまだ続きます。 こんかいもちょっとだけあ//い//こさんの歌詞をいれてみました。わかる方いらっしゃるかな?わりかしわかりやすいです。 |