「お前」
走り去っていく高尾の背中と一緒に、あの言葉が頭を過ぎる。
結局わたしはあの後バスケ部には行かず帰ってしまった。行けるわけがない、高尾の心が見えないにしろ告白のようなものをされて行けるほどわたしは積極的ではない。
『…んんー』
ベッドの上で寝転がりながら夕方のことを思い出すとやっぱり顔が熱くなった。高尾があんなことを言うなんて思ってもいなかったし、そしてまさか好きな人の話の流れでわたしのことを言うとは思わなかったから。だけどやっかいなことがある。たったひとつ、それは高尾の性格だ。あいつがわたしの気持ちをからかってあんなことを言ったとしたら、そしたらもう本気でグーパンだろう。
『(たっぷり悩めとか……思うつぼなんですけど…)』
ベッドの上で丸まりながらわたしは頭を抱えた。いろいろと考えてるけど納得のいく答えが見つからない。わたしはあいつの言葉を冗談として受け取ってもいいのだろうか。
よけいなことは、考えたくない。
『(……うー、高尾め…)』
いったいどんな顔してあいつに会えばいいの。
♂♀
「はよーっす」
『お、おはよ、う』
「お前昨日の怖いやつ見た?」
『え、見てない…』
「なんだよー面白かったのにー」
『わたし怖いの苦手だけど…』
「あ、やっぱり?いかにもって感じだよな!」
翌朝、高尾のあまりの普通さに呆気にとられた。…アレ?昨日のあの…告白みたいなものは?こんな普通に話せるものなの?テレビ見た?って、いや見てないけど、だってあんたのことひたすら考えてたから。結局いつもの冗談だったってこと?
『………』
…アホらし。わたしはひとつため息をこぼし、何もかも清算することにした。高尾への好きという気持ちだけを残して、冗談の告白も冗談だったことに対する怒りも呆れも忘れよう。こいつの言葉を信じたわたしがバカだったんだ。
『…高尾は平気なの?怖いの』
「まあなー」
『あ、高尾ってアレでしょ、目に見えないものは疑うタイプ』
「さぁー?」
やっぱり普通だ。まぁよく考えたらわかることか、高尾がわたしを好きになるはずもないし、つーか今までにそんな要素もまったく見えなかったしそんなもんだよねぇ。わたしの恥ずかしい勘違いだったということで置いとこう。
『ん、あれ、ほこりがついて──』
そう言って肩にのばした手は、パシッと高尾本人にはじかれた。びっくりして目を丸くするわたしと、高尾でさえもまた驚いた顔をしている。行き場を失った手は空気をつかみ、ゆっくりとおちていく。
「──!あ…」
『…た、高尾…?』
「わ、わり…ははは…」
『……』
「いや、その…うん」
『…大丈夫?』
「ん……ごめん、ちょっと今こっち見ないで」
手の甲を口元に押し当て、ふいと顔を背ける高尾。その顔は、漫画みたいにはっきりわかるほどじゃあないけれど確かにほんのりと赤くて、でも耳なんかは真っ赤だ。え、ちょ………ええ?
「………」
『………』
高尾は…冗談であんなこと言ったんだよね。わたしのことからかって告白まがいなものしたんだよね。嘘だったんだよね。
『……き、昨日のあれは…』
…本当に?本当に冗談なの?
わたしがたずねようとしたら、高尾は自分の首裏に手を添えながら舌を打った。高尾から舌打ち聞いたの、初めてだ。
「…かっこつかねーなぁ…」
『たかお…』
「言っとくけどオレ…本気だから」
開き直ったような態度で、高尾はわたしの両肩にその腕を乗せた。そのままわたしの後ろできっと手を組んで、そして体重をある程度わたしに預けているのだろう。少し重い。けれどそんなのまったく気にする様子もなく彼は薄紅色の頬のままいつものイタズラっぽい笑顔を見せ言う。
「お前が思ってるよりずっと、本気なんだぜ?」
首を傾げる彼の仕草はそれはそれは可愛い。が、それにしてもこの距離、意外と近くて…あと高尾さん、ここが下駄箱だってこと忘れてませんか?周りからの視線は痛いし、何よりこの近すぎる距離が恥ずかしくてたまりません。高尾のこの本気の目を見ながら無視なんてできないし、っていうかこんなところでわたしの気持ちまで伝えてしまってもいいものかどうなのか。
(昔からわたしは、自分の意思を伝えることが苦手だ)