1121 | ナノ
昨日から可笑しな私の心臓です

「お前って、頑張ってるよな」


その言葉を言われたとき、わたしはまるで雷が落ちてきたかのような衝撃を受けた。そして体の中のドロドロとしていたものが全部溶けて消えてしまったような感覚にも陥ったのだ。


今までみんながみんな、お礼しか言ってこなかったから。心がこもってるのかわからないような感謝ばかり。ノート貸したってやってきた宿題見せたって、みんなさも当然のように「貸して」と言って終わったら「ありがとう!」って、別に貸すことがいやなわけじゃない。そりゃ自分で必死になって頑張ったノートとか宿題を見せるのは少し腹立たしいけど、ちょっとは自分でやれとか考えちゃうけど、まさかイヤだなんて言ったらいくら仲良しとはいえ多少ぎくしゃくするしこれからの友達関係にそんなことで傷をつけたくない。

でも、時々ふと考える。
わたしが頑張ってやったノートや宿題を見せて、ありがとうと言われて、じゃあわたしに「頑張ったね」って言ってくれる人はいるのだろうか、と。「いつも頑張ってるね」って誰がわたしを甘やかしてくれるのかもわからない。そんなときこんなこと考えてる自分も周囲にも嫌気がさして、泣きたくなる。


『…な、何いきなり』

「や、いっつもお前いろんなやつに宿題見せたりしてんじゃん?」

『…ん』

「それってなにげにすげーことだよなって、よく思う」

『そんなの誰も思わないよ』

「思うよ。少なくともオレは。だってお前、時々ノート貸しながら悲しそうな顔するじゃん」


よく見てるなと、思った。
高尾っていつもそうだ。普段ふざけてはしゃいだりしてるけど、人のことをよく見てる。気遣い上手だし、相手の気持ちを汲み取るのも上手だし、なんていうかいろいろすごいと思う。そんな高尾をわたしは尊敬していたと言ってもいい。


『…わたしのノート写しながら、何言ってんだか』


頬杖つきながらそっぽ向いて、嫌みっぽくそう言った。机をはさんで向こう側でしゃがむ高尾は、ノートをわたしの机で写しつつ顔を上げにっと笑う。


「いつも頑張ってるあかねちゃんに、ご褒美だよーん」


どこからか取り出されたキャラメルはコロンと音を立てて机を転がった。だけど音を立てたのはキャラメルだけでは、ない。


▽▽▽


病気だ。これはやばい、わたしってば病気を患ってしまった。


『(ドアを開けられない)』


大谷あかね、現在わたしは教室の扉前で立ち往生しております。扉を開けることができない。開けたら中には高尾がいるかもしれない。そりゃ同じクラスだしいて当然だ、でも今は。いやむしろ今日は。高尾と話したくないし可能なかぎり顔も見たくない。嫌いになった?まさか。むしろその逆。わたしの心臓は高尾のことを考えるとドキドキうるさくなり、頭の回転もすっかり悪くなる。考えたくないと思ったって気がつけばあいつのいたずらっぽい笑顔が思い浮かんでしまって、悔しいけどこれは、この病気は──。


「何してんの」

『っ!』


後ろから聞こえた声に思わず肩がふるえた。聞き慣れたその声の持ち主はわたしの絶賛悩みの種である高尾張本人だろう。恐る恐る振り返れば予想通りの彼がいて、エナメルを背中側で背負いながら手を後頭部で組んでいた。

ばちっと目が合うけど慌ててそらす。


『お、はよう高尾!いつからそこに!』

「今だけど」

『何してるの!』

「教室に入ろうとしたんだけど」

『あ、そっか!わたしもだよ、奇遇だね!』

「同じクラスだし普通じゃん?」


やっべーむりだ。どうしようむりだ。高尾とまともに話せない。わたしはあやしさマックス覚悟で目線を泳がせつつ扉前から退いた。そして入り口を開け、中に入るよう促す。そんなわたしを怪訝そうに見つめ、「なんかお前おかしくねーえ?」とか言ってくるから全力でそんなことないよと首を振っておいた。それでも向けられる疑いの目に気づかないフリをかまし、やがて中に入るそいつの背中を見送る。


『(…顔のぞきこんだり、すんな)』


朝の挨拶をしてくる友人に「はよー」とか言う高尾の学ランの首もとからは、中に着たパーカーのフードが出ていて揺れるたびに可愛いなんて思ってしまう。


──高尾って、気遣い上手だし、相手の気持ちを汲み取るのも上手だし、なんていうかいろいろすごいと思う。そんな高尾をわたしは尊敬していたと言ってもいい。そうだ、少なからず昨日のあの時までは、そんなことを考えていたのに。


すっかりわたしは恋患いというやつになってしまったようだ。


(きっかけなんて ほんとに単純なものだ)


──────────
121120//高尾誕生日企画。
何にしようかと散々迷った末5話完結の中編をやることにしました。いつぞやの神威誕生日企画のようなものです。とりあえず高尾くんはかっこよすぎます さすが我らがHSK。ということでおめでとう。5話で終われるかな…。 唄。


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