きっとアダムとイヴも泣いている

タタラと喰種の女の子の話 ※死ネタ




最深部までは行けなかったが、SS層まではなんとかなった。収穫は十分だろう。
コクリア襲撃直後、そんなことが起こっているとは夢にも思っていないであろう、馬鹿な人間たちがのさばる夜の街を、俺たちは見下ろしていた。


「タタラさん」
「何?」
「11区の仲間…、何人死んだかな?」
「……殆ど死んだとして200くらい?」
「…200…、じゃあその200人のためにも頑張って殺そうね」
「だね」

あ、そういえばさ、エトがくるりとこちらへ向き直る。


「どうして名前のこと置いてきちゃったの?」

不思議そうに首を傾げるエトに、そのことか、と少し間を空ける。
名前はアオギリの樹結成初期からの付き合いで、エトとも仲が良い。加えて現在俺の補佐の立ち位置である為、エトは当然今回の作戦に同行するものだと思っていたらしい。


「名前は、その辺の喰種捜査官なんかには負けないし、それは俺が一番よく知ってる」

それなら尚更何で?、怪訝そうな声色のエトに、フッと笑みをこぼす。


「さっき言っていた仲間の200人の犠牲を、最小限に抑えてもらう為だよ。今回の作戦での犠牲は、当然見越してのことだけど、少ないに越したことはないだろ?」
「…ふふ、」
「…?何かおかしなこといった?」
「ううん、タタラさんってば名前のことほんとに信頼してるんだなって」

それはわたしも同じだけど、くすくす笑うエトにつられて、目を細める。
目的は達成した、これ以上ここに留まる必要はない。名前と合流すべく、闇に紛れた。









「…あは、失敗…しちゃった…っ」

欲張り過ぎちゃったみたい、この場に不釣り合いな口調でへらりと笑ってみせる名前。周りでは悲痛な面持ちで何かを叫んでいる絢都や嗚咽する者がいるが、何故か名前の声だけがクリアに聴こえた。 ゆっくりと横たわる名前に近付き、膝をつく。まじまじと見なくても、もう手遅れだと分かるそれに言葉が詰まる。


「タ…、タラッ…ーーお願いが、あるの…」

名前の瞳の奥では色々な感情が渦巻いているが、俺に何を求めているのか汲み取るのは容易かった。名前をそっと抱き上げ、エトがいる方へ振り向く。


「悪いな、エト」
「ううん、いいよ」

既にこちらの意図を察しているように、それだけ言うと、エトは他の仲間が止めるのを抑止しながら、黙って俺たちを送り出した。



***



タタラに抱えられて暫くして、拓けた場所へ出た。ちらりと見上げると、じっと前を見つめるタタラと宝石を散りばめたような空が広がっている。ふと空との距離が遠くなる感覚に、下へと降ろされたことに気付く。もう身体の感覚はあまり残っていないらしかった。


「、名前……」
「…ごめん、ね…、もっとタタラの、役に…立ちたかったのにーー、」
「……」
「でも、…約束は、守った…よ…」



「タタラ!」
「何?名前」
「あたしまだまだ死ぬつもりないけど、もし死ぬときはタタラがわたしを殺してね」
「俺に名前の尻拭いをさせる気?一応上司だよ、俺」
「もー!そんなんじゃないってば!わたしの全部をタタラにあげるっていってるのに〜」
「…覚えてたらね」
「絶対だからねっ、約束っ!」




ゆっくりとタタラの大きな手が、わたしの首へ添えられる。


ありがとう

徐々に絞まる喉からは音は出なかったけど、タタラには伝わったかなーー
薄れゆく意識の中、あんなに綺麗に星が見えていたはずの夜空から、頬に雫が落ちてきたのを最後に、わたしは深淵へと堕ちていった。





2019.0420