傷口から宝石

ジュダルと半喰種グールの女の子の話
ルフの影響を受けず、魔力マゴイを喰らうことができるご都合設定
もしかしたら長編にするかも





「…ねぇ、まだ着かないの?」

布団でぬくぬくと眠っていた筈が、何故かジュダルに横抱きにされながら胡座をかいた上に乗せられていた、今あたしは彼の動かす絨毯で空を移動している。
考える前にまず行動する、まるで大きな子供のような性格、いつものジュダルを知っている為、強引に連れ出されたことに対しては最早諦めていた。
欠伸を噛み殺しながら、肌を撫ぜる冷たい風から逃げるように温もりを求めてジュダルに擦り寄る。何だよ眠いのか?、へらりと笑いながらあたしの顔を覗き込んでくる彼に、人が気持ちよく寝てるところを叩き起こしておいてよくいうわ、と内心悪態をつきつつ、ちらりと見上げたジュダルの表情に少し興味をもった。


「そういえばこれ、今何処に向かって飛んでるの?」
「はぁ?バカ殿に会いに行くって、さっき言っただろ?」
「寝ぼけてたから聞いてなかったわ」

聞いてなかったのかよ、ジュダルの非難の目を流しながら、ああだからこんなにもわくわくした顔をしてるのかと納得する。


「でも、あたしいらなくない?一人で行けばいいのに」
「何だよ名前、冷たいこというなよ〜
俺一人よりお前も一緒の方が楽しいに決まってんだろ?」

然も当然と言わんばかりに無邪気に笑うジュダルに、はいはい、と適当に相槌をうつ。まぁ、そんな風に思ってもらえていることに悪い気はしないし、何だかんだあたしはジュダルのことを気に入っている。嗚呼、こんな具合にいつも流されてしまうあたしもあたしだ。


「まだ着かないなら、もう一回寝るから。着いたらジュダル、起こしてね」

返事を聞く前に瞼を落とすと、やや呆れ口調で返事を返すジュダル。さらりと髪を撫でられながら、あたしはすぐに夢の中へと落ちていった。



***



「…ーぃ、…ろ」
「……んんっ、…」
「おい、起きろ名前!もうすぐ着くぜ」
「….ん〜、…おはよぉ、ジュダル」

ふぁ、と欠伸を漏らしながら下界を見下ろす。
青白い月が照らすそこには、たくさんの人集りができていた。
よし、行くぜ?、ふわりと絨毯が人集りに近づいていくに連れ、食欲を唆る匂いが鼻を掠めた。
あんなに人がいるなら、一人くらい食べてもいいかな、と思惑しているうちに、ジュダルがあたしを抱えたまま地面に着地した。



「ジュダル…!」

一際大きな声で彼の名前を呼ぶ男はジュダルを睨んでから、こちらを怪訝そうに見つめる瞳と目が合った。ジュダルから話しは聞いていたけど、彼があのシンドバッドか、筋肉質過ぎてあたしの好みじゃないなぁ…、ゆっくりとジュダルに降ろしてもらいながら、そういえばまだ "夜ごはん" 食べてなかったっけ、小さく鳴ったお腹に手を添える。魔力マゴイでもお腹は満たされるけど、食べた気しないし、やっぱり一番美味しいのは "人間" なんだよなぁ…


「…っはぁぁぁ?!こんなチビがマギ?!」

困惑と苛立ちが混ざったようなジュダルの声で、我に帰る。自分が思っていた以上にあたしはお腹が空いているらしかった。どうやらジュダルは自分と同じマギであるあの青い髪の子供、アラジンに興味を持ったようで、嘘っぽい笑顔で差し出した手を握り、アラジンの顔面に拳を突き出した。あーあ、痛そう〜


「名前!」
「ん?」
「こんな鈍臭い奴が俺と同じマギだなんて、信じられるか?!」

急にこちらに話を振られ、周囲の視線があたしに集まる。


「ん〜、よく分かんないけど、ここにいる人間の中じゃ一番美味しいそうかな」

あ、ジュダルを除いてだけど、と付け加える。へぇ、と新しい玩具を見つけた子供みたいに口角を上げながら、ジュダルは杖を取り出して前に構えた。賺さずシンドバッドが静止の声を上げる。


「邪魔すんなよ、これはマギ同士の戦いー、只の人間には手出し無用」

くっ…、悔しそうな表情を浮かべながら、シンドバッドはあたしに向き直る。


「君!君もジュダルを止めてくれないかっ!」
「…、えぇ…?」

それ、あたしに言う?、失笑しつつ彼の淡い期待の篭るそれに応える前に、くるりとジュダルがこちらに振り返った。


「おい名前、邪魔すんなよ!折角ちょっと楽しくなりそうなんだから、ーーよォッ…!!」

そう言いながら魔力マゴイを周囲に、そしてアラジンに向けて打ち出す。


「あは、するわけないじゃん。あたしは傍観してるよーー、でもさ、」

ヒュッー、ジュダルの放った魔力マゴイの一つがあたしに向かって降ってきた。
危ないッ!誰かの焦った声が聞こえた気がしたが、ざわり、と全身の血が片目に集まるのを感じながら目を細める。


「あたしお腹空いてるんだよね、だからあんまり待てないかも」

至近距離まで近づいていた魔力マゴイが、何もなかったかのように霧消した。
ん〜、やっぱりこんなんじゃ全然足りないなぁ、溜息を漏らしていると、目の端に映る人々が、顔を強張らせながら、一歩、後退りをする。


「…ッ、君は一体、何者なんだ?」

息を呑み、困惑した声色がシンドバッドから発せられた。


「あたしは、喰種グール。ーー貴方たち人間の敵だよ。
貴方たちからしたら、ジュダルよりあたしの方がよっぽどタチの悪い存在なんじゃないかな」
「…、喰種グール?」


くすくす、笑うあたしにまだ何か言いたげな表情を浮かべ、口を開いた瞬間、ジュダルの雷魔法がアラジンに直撃する。砂煙が舞い、そこから現れたのは青い巨大な身体。へぇ、ジュダルの口から面白そうに言葉が漏れた。初めて見たそれは、ジンというらしく、ジュダルが次に放った氷魔法をいとも容易く打ち砕いた。が、まだ残っていた氷の刃たちがアラジンへと降り注ぎ、ぐしゃ、と嫌な音を立て、アラジンを庇ったジンの背中に容赦なく突き刺さった。


「ーーーッ! ウーゴくんっ!!」
「ハハッ、馬鹿だこいつ!
なぁ、名前もそう思うだろ?」
「そうだね。でもジュダル、優勢だからって相手が死ぬまでは油断しちゃダメだよ〜」
「分かってるって!」

上機嫌なジュダルに、ほんとに分かってるのかな、と一抹の不安を感じていたとき、悲痛な叫び声がアラジンから発せられた。


「っ、何故なんだ?!何故君は僕たちにこんなことをするんだい?!」
「何だって…、ーーそういや、何で戦ってるんだっけ?名前、覚えてるか?」
「そんなこと覚えてる訳ないじゃん。ていうか、戦うのに理由なんて必要あるの?戦いなんて生き物の本能みたいなものでしょ」

唖然とするアラジンを余所に、確かにどうでもいいな、とジュダルはアラジンへと向き直る。


「まぁ、いいじゃねえか。こんな機会滅多にないんだ、もっともっと遊ぼうぜッ!」


ジュダルはまた魔法を繰り出そうと杖を構える。ググッ、ゆっくりと立ち上がろうとするジンに呆然としているアラジンが我に帰る。もういいよ戻って!、とアラジンの声を無視し、ジンは物凄い勢いでジュダルにラリアットを繰り出した。防壁魔法ボルグが変形する威力のそれは、ジュダルを壁まで吹き飛ばした。


「あらら…、おーいジュダル〜、大丈夫〜?」
「クソっ、何なんだよ一体……ーーッ?!」

あたしに返事をする間も無く、更にジンからジュダルへ強烈なパンチが繰り出され続ける。先程とは打って変わって、ジュダルは押されつつあった。瓦礫を退かしながら、鼻血を腕で拭い、アラジンに向かって叫ぶ。


「おいチビ!そのジン卑怯だぞ!さっきからお前、自分の魔力マゴイをソイツにやってねぇだろ?!ソイツ今、他のヤツの魔力マゴイで動いてるってことだ!つまりソイツは、
ーーお前のジンじゃねぇッッ!!」

浮遊魔法で宙へ、そしてジュダルも反撃に出る。両腕でガードするが、最後の一撃がジンの胸を貫いた。


「勝ったッ!!」
「ッ!ジュダル、避けて!!」

勝利を確信し、油断したジュダルは反応が遅れ、ジンの両手が左右から防壁魔法ボルグを鷲掴む。耐え切れずそれが割れた瞬間、ジュダルはジンの両手で握り潰されてしまった。ぽろりとジンの手からジュダルは真っ直ぐ地面へと落下した。


「ジュダルッ!」

急いでジュダルの元へ向かう。息はあるけど…、声を掛けるが、意識を失っているようでぴくりともしない。身体には痛々しい痣がいくつも出来ていて、ジュダルの白い肌が余計それを際立たせた。


「はぁ…、だから油断するなって、」

言ったのに、と独り言を遮るようにジンの拳がジュダルとあたし目掛けて振り下ろされる。ウーゴくん、もうやめて!、アラジンの泣きそうな悲鳴に近い叫びと、ぐしゃり、と音が響いた。


「……あのさ、今回はジュダルに邪魔するなって言われてたし、最後まで傍観してるつもりだったけど…そっちもその気なら、
ーーーーお前のこと、喰うよ?」

腰から出た赫子かぐねが深々と突き刺さるジンの腕を、思いっきり引っ張ると、ぶちぶち、と嫌な音を立てながら肘から下を引き千切る。もう喉が裂けるんじゃないかと思うくらいアラジンがジンの名前を叫んだ。ジンへと駆け寄ったアラジンの目からは、はらはらと涙が溢れながらも、あたしを親の仇のように睨み付けている。が、あたしにはそんなことどうでもよくて、もう空腹が限界だった。本当は人前で食事するの嫌なんだけどなぁ、心とは裏腹に身体は我慢していた分、抑えが効かなくなっていた。赫子かぐねが刺さったままの "元腕" は、本能の赴くままに "夜ごはん" として、数分後にはあたしの胃の中へと消えた。


「…、ちょっと、人の食事するところ、そんな凝視しないでくれない?これでもちょっと恥ずかしいんだよね〜あたし女の子だし」

口端をぺろり、辺りを見回すと、その場にいる全員がまるで息の仕方を忘れてしまったかのようで、誰一人として身動き一つなく、ただただ、恐怖に塗り固められた瞳があたしに向けられていた。それは何だかとても久し振りに思えた。こちらの世界で初めて会ったのがジュダル、あたしが喰種グールと知った後も色褪せることのなかった瞳とは、まるで真逆の色。前はそれが当たり前だったことを思い出したあたしは相当ジュダルに毒されているんじゃないだろうか、と、つい笑ってしまった。


「ジュダルちゃん!名前ちゃん!」
「え、紅玉ちゃん?」

静寂を破る、可愛らしい声に、周りの止まっていた時間が動き出す。新たな未知の敵に切迫した空気が流れる中、紅玉の乗る絨毯が地面まで後少しのところで止まり、途端に紅玉はあたしの元へと駆け寄り、ジュダルの痛々しい姿に、悲哀に満ちた表情をしながら憤慨した。


「私のお友達に何てことするのよ…!」
「紅玉、戦っちゃ駄目。そんなことより早くジュダルの治療をしてあげてほしい」
「〜〜ッ!、名前ちゃんは悲しくないの?怒ってないの?ジュダルちゃんがこんな風に傷付けられて…ッ」

今にも金属器を使いそうな紅玉を止めるあたしの態度に、ジュダルを夏黄文に治療するよう言い渡しつつも、納得がいかない表情で、咎めるような口調であたしに言った。


「え?あたしここにいる全員ぶち殺したいと思ってるよ?」
「え、でもさっきは戦っちゃ駄目って…!」
「だってジュダルが、楽しそうだったから。だから殺すのはジュダルの為にしちゃ駄目だと思うの、…それに、ここで殺しちゃったら多分ジュダル怒るもん」

そういうことなら、と渋々引き下がる紅玉。ただ、お友達を傷付けられた憤りは冷めることはないようで、彼等が見えなくなるまで、煌帝国へ戻る絨毯の上からずっと下を睨みつけていた。


「ジュダルちゃんの具合はどう?」
「応急処置はしておりますが、治すにはきちんとした施設が必要ですね」

そう、なら急ぎましょう、紅玉と夏黄文の会話を聞き流しつつ、あたしはジュダルのそばに寄り添った。


「早く良くなって。治ったら次はどこに一緒に遊びに行こうか」

楽しみだね、届いている筈もないあたしの声に、少しだけジュダルの表情が和らいだ気がした。



2019.0407