恋心がつぶれる音がした

白カネキと女の子ですれ違い




「やっぱり無理してたんだね」
「…そんなつもりはなかったんだけど、ッごほ…」
「無理してたから、こんな高熱出ちゃうくらい酷い風邪引いたんでしょっ!」
「そう、だね…、迷惑かけてごめん…」
「そう思うなら、もうちょっと自分を大事にしてよね」
「…うん、ごめん…名前ちゃん」

ぷりぷりしながら、ぬるくなったタオルを換える。仲間を思いやる優しいところは、金木くんの長所でもあるけど、自分を顧みないから本当に危なっかしい。疲労が祟ってこうして体調を崩してしまったのがその証拠だ。



「風邪、名前ちゃんに移しちゃうかもしれないから、もう大丈夫だよ」
「こんなときまで他人の心配しないで、今は自分の身体のことだけ考えてよ」
「…でも、」
「わたしが好きでしてるお節介だから気にしなくていーの!それとも、迷惑、だった…?」

嗚呼狡い、そんな風に言ったら金木くんは、そんなことないよ、って言うに決まってるのに。本当は、トーカちゃんに看病して貰いたかった筈なのに…



「そ、そんなことないよ!…ありがとう、名前ちゃん…」

ほらね、やっぱり。結局気を遣わせてしまった。それでもこうして金木くんの側にいられて喜んでいる自分が情けない。少し泣きそうになったのを隠すように、お水替えてくるね、とその場を離れる。パタン、閉めた扉越しにずるずると座り込む。隔てられた向こうではきっとトーカちゃんのことを考えてるに違いない。側にいてもわたしのことなんて……
激しい咳でハッと我にかえり、濡れた頬を乱暴に拭う。お水を替えるついでに何か飲み物も持って行こう。



「今は金木くんが元気になればそれでいい…」

哀色の心は、今は必要ない。









コンコン、控えめな音が耳を揺らし、ゆるゆると意識をそちらに向ける。熱に浮かされて、ぼんやりと僕を覗き込む名前ちゃんが映る。



「喉渇いてない?飲めそうかな?」

名前ちゃんの心配そうな顔が、近くに見える。僕は、君にそんな顔をして欲しくなくて、笑って欲しくて。でもそんな表情をさせてしまっているのは、紛れもなく僕だ。トーカちゃんに、わたしの友達の名前を悲しませたら許さないからって言われてたのに。それでも、今名前ちゃんが僕を見ている。僕だけを見つめているこの状況を、喜んでしまっているのも紛れもなく僕だ。



「えっと、もしかして、起き上がれなそう…?」

彼女の指先が、僕の頬を掠めた瞬間、無意識にその手を引いていて、気が付いたら名前の瞳がやけに鮮明に見えた。見開かれた瞳は少しずつ潤んでいって、とても綺麗だと思ったけど、そこから溢れて手に落ちた感覚で唇以外の熱が嘘のように引いていく。くらくらとした頭の中で、般若のようなトーカちゃんが僕を怒鳴り付ける。



「…ごめん、トーカちゃん」
「ーーーーっ!!」

名前ちゃんが扉の奥へ消えてしまったところで、
僕の意識はぷつりと途切れた。目が覚めたとき、僕は謝る相手を間違えて、彼女を深く傷付けてしまったことを後悔することになる。



2019.0530