本物と偽物


*春高東京予選



クロたち3年生にとって最後の春高出場のチャンスということで、我が校バレー部の応援に来た私は、早速クロたちと合流した。到着するとそこにはクロの因縁の相手である戸美高校バレー部の大将がいた。どうやら大将に絡まれたらしい。クロは私を視認すると素早く自分の後ろに私を隠した。大将の目に極力私を見せないようにするためだ。クロと大将は昔から仲が悪くて、何かと競ったりしたがるから。
必死なクロを見て大将は呆れたように「お前らまだ続いてたのか」と吐き捨てた。クロは僻みだと思ったのか、得意げな顔をして腰に手を当てた。そしてニヤニヤ顔をしたかと思うと大将の方に身を乗り出した。


「そういうお前はミカちゃんに振られたんだろぉ」

「うるせー! つかなんで知って…」

「ふふん」


クロに知られていたのが我慢ならないのか、大将は物凄く悔しそうな顔をして歯を食いしばった。そして私をちらりと見た。


「…お前もよくこんな大人気なくて胡散臭い奴と付き合ってられんな。俺にしない? こいつも言った通り、悔しいことに今俺フリーだから」


胡散臭いのはお互い様だと思うけどなぁ。
そう言いたいのをごくりと飲み込んで、胸に手を当てて胡散臭い笑顔を貼り付けて近付いてくる大将をクロの背中から見つめる。


「…猫被りより本物のネコの方がいいもん。それにクロは大人だし、でも高校生らしさもあってちょうどいいの」


クロが肩越しにじっとこちらを見下ろして様子を伺っていたけれど、そう言えばちょっと意外そうな顔をしてから嬉しそうに笑い、大将には大人気なくニヤニヤした顔を向けた。


「にししっそーゆーこった!」

「ただの惚気じゃねーかよ、クソー!!!」


大将は悔しそうに叫んで、クロとまた一言二言話して去って行った。その背中を見送り、クロたちも試合の準備があるので一度お別れだ。クロの背中をぽんと叩くと、年相応の笑顔でガッツポーズを返してくれた。





試合は無事音駒が取り、ギリギリで春高進出を決めた。クロを労おうと下に行くと、ちょうどみんなが出てきたところだった。そして、以前戸美に負けたであろう高校のバレー部が戸美のことを罵っていた。
戸美は主審に媚を売ったようなプレイや、審判を惑わすようなプレイをすることで他校からは嫌われていた。知り合いのいる高校の悪口なのでいたたまれない気分になったけれど、彼らの気持ちがわからないわけでもないので複雑な気持ちになった。

でも、クロは違った。彼らの罵倒が聞こえていたのか、彼らに向かって戸美はちゃんと点を取るためのスキルを持っていること、文句を言っている暇があるなら練習したほうがいいのではと淡々と言い返していた。相手高の人たちは悔しそうにしていたけれど、まさにクロの言った通りなので何も言い返せずに去って行った。

…凄いなあ、クロ。


「…やっぱりクロは大人だよ」


2人きりになったタイミングで先程の感想を言えば、クロも心当たりがあったのかすぐに理解して後頭部をポリポリと掻いた。


「んなことねーよ。どうであろうと試合に勝ったのは戸美でその結果は変わらないんだし」

「でも凄いよ。私にはできないから…クロのそういうところ、尊敬する」


真っ直ぐとクロを見据えてそう言えば、クロは目を丸くして、ぐっと耐えるような表情をした。
けれど結局耐えきれずに顔を手で覆っていた。


「…んもーやめてよ照れる…」


隠れ切れていない彼の耳は真っ赤だった。


「それより、」


ずい、とこちらに上半身を倒して近付いてきたクロは、先程の照れ顔を引っ込めて楽しそうにニヤニヤと笑っている。新しいおもちゃを発見した子供みたい。


「猫被りより本物のネコのがいいって? なまえチャン」


試合前の、私が大将に言ったことだ。
まあ確かに、この男にとってはつつきたいことなのだろう。少し恥ずかしくなってしまって唇をムニムニさせると、クロの笑みは一層濃くなる。

どういう意味か説明してネ。

そう言っているのが分かってしまった。意味を分かっているくせに私の口から言わせたがるなんて、本当にいい性格をしている。でも言わないとこの地獄が延々と続き、最悪他の部員の前でも追及されかねない。
私はムニムニと動かしていた唇をキュッと引き結び、目の前の意地悪な2つの目を見つめた。


「…クロが大将のこと、猫被りって言ってたから。それならクロは本物のネコだなって思って」

「へえ、例えばどんなところが?」

「…しなやかで、淡々としてて冷静で、でも適度に熱くて反撃するときはタイミングを間違えなくて…ほんとにネコみたい。…音駒だし」


試合もそうだし、私生活もそう。クラスではみんなと仲が良いけど近すぎず遠すぎず、付かず離れずのいい距離感を保っている。気まぐれに人をからかって焚きつけて、でも自分は何食わぬ顔で遊んでる。バレーをしてる時もそうだし、音駒の代名詞であるしなやかさを兼ね揃えていて、その姿はネコ。音駒のキャプテンに相応しい。

何かについて具体的に言葉にすることがあまりないから、考えて言ったけど結構難しくてヘンテコなことを言った気がする。
クロは呆気にとられたように目をまん丸にして眉毛を上げていたけれど、私の必死さが面白かったのかクックと喉を鳴らして笑い出した。
…人が一生懸命無い頭を回転させて絞り出したっていうのに笑うとは。
ムッとすると、クロは更に笑って誠意の感じられないただの口だけの謝罪を繰り返した。


「ワリーワリー…ックク、お前、ほんっとに…俺のこと好きだな」

「じゃなきゃ付き合ってないよこのペテン師」


大将をはじめ、みんなクロのことをペテン師だとか詐欺師だとか、胡散臭さを表現するためにそう言う。ムカついたからみんなの言葉を借りれば、「宣言通り春高出場決めたし、ペテン師じゃないデス」と言われたのと同時に、額に柔らかく暖かいものが触れた。
悔しくて睨み上げると、「許してにゃ」と笑いながら顔中にキスの雨を降らされて抗議は喉の奥へと消えていった。

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