らしくない


万事屋銀ちゃんのオーナー、銀ちゃんこと坂田銀時は甲斐性なしである。死んだ魚の眼を持ち、銀髪の天然パーマで日がな一日ゴロゴロし、口を開けば大体が下ネタという非常に残念な男だ。
どうして僕がこんな男に呆れを切らしながらも一緒にいるかというと、この人がいざというときには頼りになるからだ。…さっきも言った通り、僕が見てきたこの人の人生の8割はダメ人間だが。


そんなダメ人間に、もったいないくらいの彼女がいる。名前はなまえさんといって、万事屋とそう離れていない居酒屋でバイトをしながら万事屋をたまに手伝ってくれる、笑顔が素敵で優しい人だ。銀さんはそんななまえさんに甘えきっている。

たとえば一昨日の夜の話だ。明日の朝のご飯の材料がないことに気付いた僕は、遅い時間だったがスーパーに走った。スーパーに行く途中、移動式の居酒屋が出ていて、それになんとなく目を向けると、そこに見慣れた一張羅が見えた。あの人はまたツケで飲んでるのか、と呆れて素通りしようとしたら、そこになまえさんが現れて、その日の銀さんが飲み食いしたお代を置き、さらにはそんなダメ男に肩を貸して帰って行った。本来ならば僕も手伝うべきなのだろうが、その光景に大きなダメージを負った僕は指すら動かせなかった。女の人にお金を払ってもらうなんて…そんな思いが僕の頭を支配していた。

たとえば昨日。本来ならば昨日は久しぶりの二人きりのデートの日だったはずだ。なのに銀さんは寝坊し、その上に言い訳をボソボソと言ったかと思うと二度寝をかました。そこに居合わせた神楽ちゃんも腹が立ったようで、持っていたコップを握りつぶした。なまえさんは少し寂しそうに笑っただけで、「やっぱり」と笑って銀さんの二度寝を許してしまった。そのあとに憤慨する神楽ちゃんの手を気遣い、僕と共にコップの後片付けをした。日頃から銀さんのダメっぷりをみているので、ここで何か言っておかなければならないと思い顔を上げるとなまえさんと目が合った。するとなまえさんはまるで僕の言いたいことが分かっているというように笑った。その笑みには「何も言わないで」という意味も込められていたような気がして、結局僕も何も言うことができなかった。そんな僕となまえさんのやりとりを見ていたのか、神楽ちゃんも何も言わなかった。
銀さんだけでなく、僕たちもなまえさんに甘えてしまっていることを再び痛感した。

そんななまえさんは一体いつ何処で甘える暇があるのだろうか。もしかしたらなまえさんは既に僕たちに愛想が尽きているのかもしれない。実際そうなって当然なんだろうけど、そう思うと寂しい。銀さんは顔が広いし、割と色んな女の人から声をかけられたりするのを見るけれど、銀さんと一緒になる人なんて現れない。そんな中で現れたなまえさんは本当に女神みたいに心が広くて優しい素敵な人なのに(なまえさんに直接言ったら褒めすぎだ、とか言われるんだろうけど)。こんな人を手放したら銀さんにはこれ以上のチャンスなんて一生訪れないと断言できる。銀さんのためにも、なまえさんのためにも、そして周りでやきもきしている僕たちのためにも、僕は今日銀さんに直談判することにした。


朝から気合十分で向かった万事屋はいつも通りガランとしていた。もう9時を回ろうとしているのに物音一つしない。これはいつものことだと思うけれど、やっぱりいつもの銀さんのダメ具合と、僕が今日まで溜めてきた思いを考えるといつも以上に心が険しくなる気がする。
ため息を吐いて俯くと、銀さんの黒いブーツがないことに気が付いた。もしや珍しく早起きしたと思ったらこれはパチンコに向かったのか? と予測を立てる。今日はいつもよりも銀さんに対して腹が立っているので悪い方向に考えてしまうのは仕方ないことだと思いたい。いないのなら仕方ない、そう思いいつも通り神楽ちゃんを起こして万事屋の活動を始めた。

11時を回った頃、万事屋の電話が鳴った。相手はお登勢さんからで、内容は「ガーガー言わずになまえのバイト先に行け」とのことだった。朝からバイト先に別れ話でもしに行ったのか、などと最悪の状況が次々に浮かんだけれど、お登勢さんの声がなんとなく楽しそうだったから悪い状況ではないのだと思う。とにかく神楽ちゃんを引っ張って言われた通りになまえさんのバイト先へと向かった。


ガラリと戸を開けると、店内はいつも以上に客が居て賑やかだった。なにやらカウンターの端が特に人集りが多く、騒がしい。そこに向かうと中心にいたのは紛れもない銀さん、忙しなく動き回りながらも銀さんの話に耳を傾けるなまえさんだった。銀さんはいつから飲んでいたのか分からないが既にベロベロで、2本ほどの酒瓶が卓上に倒れている。なまえさんはそれを片付けようとカウンターに身を乗り出して酒瓶に手を伸ばした。その手を銀さんが掴み、周りが囃し立てる。次の瞬間には一気にその場に静寂が走った。先程の騒がしさから一変、緊張すら感じるほどの静けさだ。周りの人がごくりと唾を飲み込んだのがわかる。僕と神楽ちゃんも顔を見合わせ、固唾を飲んでその状況を見張った。


「…ぎ、銀さん?」


絞り出すようななまえさんの声が店内の空気を震わせる。虚ろな銀さんの目がゆらゆらと其処彼処を彷徨い、なまえさんを捉える。


「俺ァ確かに甲斐性なしでどうしようもない男だ、ヒック…お前がいないとダメなんだ」

「そ…それは、私も」


なまえさんが戸惑いがちに同意すれば、周りの人たちが沸いた。隣に立っていた見知らぬおじさんに肩を組まれる。
どうやら銀さんは意図せずにプロポーズしてしまったらしい。でもプロポーズくらい酔ってないときにもっとロマンチックにしたほうが良かったんじゃ、と思ったが、銀さんに限ってそんなこと出来るはずないかという結論に至って、僕と神楽ちゃんは半目になった。でも嬉しいのも事実で、半ば菩薩のような心境で二人の元に駆け寄る。
二人はまださっきの体勢のまま固まっている。「銀さんやりましたね!」そう伝えようと口を開くと、銀さんの口から「捨てないで」とあまりにも切ない響きを伴ってそんな言葉が溢れたものだから、思わず口を噤んで目を見張った。なまえさんは目を見開いて、その目から次々と涙をこぼした。そして「それはこっちのセリフだよ」と笑った。


プロポーズが終わると銀さんは気を失ったようにばたりと卓に伏せて眠ってしまった。本当に情けない人である。この人のことだから、もしかしたら次に目覚めたときにはもう忘れてしまっているかもしれない。自分の言ったことは忘れていても、なまえさんに自分の素直な気持ちを伝えたということだけでも覚えていたらいいな、といまだに繋がっている二人の手を見て思った。










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*感謝と反省
リクエストありがとうございました! そして大変長らくお待たせしてしまい、本当に申し訳ありません!
「情けない銀時」とのことでしたが、これただのダメ人間…。プロポーズのくだりは情けなさを出せたのではないか…と思っております。プロポーズする時にお酒を飲んでいた理由が、そうでもしないと恥ずかしさでどうにかなりそうだからとかだったら個人的には萌えます()
納得していただけたかどうかは非常に不安ですが、中島様に捧げます。この度はご参加ありがとうございました!


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