第1話


春風が部屋で巡り、私の頬を撫でた。少しぞわっとした。いつもより大きく聞こえる鳥のさえずりで意識が覚醒する。
…そういえば昨日は暑くて、おばさんの言いつけを破って窓を開けて寝たんだった…。
罪悪感に苛まれていると、突然襖がスパァンッと勢いよく開き、お腹に強い衝撃が。女ならざる声を出し、そいつを掴む。


「朝から元気だなわんぱく坊主」

「おはようございまさァ!! 遊びやしょう!」


声の主は近所に住む沖田総悟。通称「総くん」。勿論、こいつが私の上に乗ってきたのである(現在進行形)。
それにしても何故こんな早くに。今何時だ…まだ7時じゃん! あと1時間は確実に寝てられたじゃん!
悔しくてうおお、と叫びながら総くんをぬいぐるみのように抱き締めてごろごろと転がれば、総くんは楽しそうにきゃっきゃと笑う。いつものことだ。


「何で早朝に遊ぶ気になんてなるんだよーちびっ子は元気だなあ」

「ちびっ子って言ったって、俺とそんなに年変わらないじゃねーですかィ」


そうは言っても5歳以上離れてるよね。年変わんないなんて言えないと思うよ総悟くん、なんて思っているとおばさんが来た。やべ、窓開けて寝たの怒られる。


「ちょっと、あんたいつまで寝てんだい! 今日は皆でお花見行こうって言ってただろう?」

「…え?」

「まったくあんたは…せっかく総悟くんが起こしに来てくれたってのに一緒にごろごろさせて…ほら起きた起きた! 顔洗ったら手伝ってちょうだい! 今日は忙しいんだから!」

「はーい」


お花見の話なんてあったっけ? 美味しいご飯が食べられるならいいか!

大きな欠伸をしてから体を起こし、布団を畳んで窓を閉めた。寝巻きの浴衣を脱ぎ捨ててきちんとした着物を着て部屋を出、顔を洗ってから居間に顔を出すとおじさんが新聞紙を読みながら朝食をとっていた。その隣にはちゃっかり総くんが座っていた。
軽く挨拶を交わして台所に視線を向ければ、おばさんと総くんの姉のミツバがいた。やっぱり来てた。
割烹着を着ながら挨拶をするとにこりと笑って返してくれた。ああ朝からなんて幸せなんだろう、お嫁に欲しい。


「朝に弱いのはいつになっても変わらないのね」


小さく声を漏らして笑う彼女は本当に素敵な女性だ。昔のことを思い出し、ちょっと照れ臭くてそれを隠すように自分たちのご飯を茶碗によそった。


「どこでお花見するの? お弁当の中身は?」

「今からお弁当の中身気にしてどうすんだい…近藤さんたちが連れてってくれるってさ」

「勲さんたちも一緒?」

「近藤のとこのガキんちょかい? 本当に好きだねえ。そうさ、うちとミツバちゃんたちと近藤家の合同お花見だよ」

「やった」

「なまえ、ご飯のおかわりをおくれ」

「はーい」


おばさんとお花見について話していると、居間からおじさんに呼ばれたので急いで駆けつける。
なんだか、今日はいつにも増して楽しい1日になりそうだと思った。




*****




お弁当を持って近藤さんたちと落ち合うと、連れて行かれた先は人気はないが桜が沢山あって、しかも満開だった。武州にこんなところがあったなんて知らなかったようで、みんな驚いていた。

さて、今はというとお弁当を広げて談笑しながら食べているところだ。大人たちはお酒を開けて、開始数分で酔っていた(特に近藤さん)。普段はあまり話さないおじさんも、お酒が入ったせいかちょっとだけ饒舌になっていると思う。
私たち子供組はそんな大人たちを放っておき、話したり遊んだりお弁当を取り合ったりしている。


「総ちゃん、ご飯粒がついているわよ?」

「とってくだせェ」

「勲さん、今度チャンバラごっこしよう」

「ガッハッハ! 毎日道場でやってるってェのに血気盛んな女子だな」

「チャンバラごっこは道場でやれ」

「「はい」」


やろうとしてたらおじさんが目敏く反応して、こちらを睨みながら低く呟いた。その地を這うような恐ろしい声に、私たち2人はビクリと体を震わせた。おじさんは怒ると怖いから…。

「なまえも女の子らしくしなさいよ、少しはミツバちゃんを見習ったらどうだい」

「そのうち、らしくなるから」

「まったく…」


女の子らしくなんて私の性に合わない。だって若干男顔だし、毎日木刀や竹刀を振っているから筋肉だって女の子以上にあるんだ。


「自分らしく生きるのもいいと思うわよ? 私は飾らないなまえちゃんが大好きだから」


ちょっぴり悲しくなっていると、ミツバがフォローを入れてくれた。やっぱできる女は抜かりないねェ。納得して頷いていると総くんが少し照れたようにはにかみながら「相手がいなかったら俺がお嫁さんとして貰ってあげまさァ!!」と大声を張り上げた。私はポカーンと口を開けたまま固まったが、私以外はみんな笑って頼もしいな、なんて言っている。
いやいや、いやいやいやいやいや。私、年上派だから。なんて言えるはずもなく素直に礼を言った。

…なんか、騒ぎすぎて疲れた。お腹も空いてきたのでまた箸を持ち、食べようとすると近藤さんと勲さんに引かれた…なんで。ああ、食べ過ぎかしら。


「…さっき重箱一つ空にしたばかりじゃ…」

「育ち盛りだから」

「だとしてもそこまでは…いや、なにも言うまい」


何か察したのだろう、二人はそれっきり、私の食欲について何も言ってこなくなったのだった。



それから暫く時間をかけてお弁当を全て空にし(私だけで食べたわけじゃじゃないから!)、落ち着いたところでおばさんお手製の団子などの甘味が登場。おばさんが作る甘味は美味しいと武州では有名なのだ。今度作り方を教えてもらおう。
そう決意しながら甘味を頬張る。うん、美味しい。

おばさんが淹れてくれた暖かいお茶を一口飲むと、桜の花びらが私の湯飲みに舞い降りた。お茶に、頭上に広がる満開の桜が写っていて、ゆらゆら揺れる桜をしばらくの間眺めて楽しんだのだった。


-2-


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