意地と見栄


*中学時代



私と飛雄は北川第一中学に入学した。中学は人が増えるので色んな人がいる。飛雄より大きい人も、バレーが上手な人がゴロゴロと転がっている。飛雄は上がいることにワクワクしているようで、目を輝かせていた。もちろんそれは私も一緒で、どんな先輩がいるのか、自分にはまだ伸びしろがあるということに期待していた。
約1週間の新入生の部活勧誘を終え、私たちは早速それぞれのバレー部に入部届けを出した。

入部してからは学業と部活の両立で大変だった。小学校はクラブのようなものだったので家に帰ってから時間があって、クラブが始まるまでに勉強したり遊んだりできたけど、中学は授業が終わったらすぐに部活だ。夜までやるのでお腹は空くし眠いしで本当に大変だった。でも苦痛に感じなかったのはバレーが好きだったから。
中学に上がってそれぞれバレー部に入ってからも、帰宅後に飛雄とバレーをしていた。ルーティーンと化していたので、どれだけ疲れていても欠かすことがなかった。



ある日の部活でのこと。1年の実力を知るために一年生をチーム分けして練習試合をすることになった。そこで私は結果を残し、一年生ながら実力が認められて見事控え選手として入れてもらえることになったのだけれど、先輩たちは微妙な顔をしていた。

部活後、部長をはじめとする3年生に体育館の隅に呼び出された。話を要約すると、「髪の毛を短くしろ」というものだった。もちろんそんな直接的な言い方ではなかったけれど、その場にいた人たちはしきりにそれを強調していたし、それを象徴するように短髪だった。
訳がわからなかった。


「みんな髪の毛短くしてるし、長かったら邪魔でしょ? 連帯感を出すためにも、」

「どうして強豪だと髪を短くしなければならないんですか?」


先輩の声を遮って発言してしまった。先輩は気にしていないようだったけれど、先程から皆口を揃えて同じことしか言っていない。
先輩は根気よくその理由を私に教えようとしていたけれど、結局同じことの繰り返しだった。
…なんだか目の前が灰色になってきた気がする。砂嵐だらけのビデオを第三者の目線で自分の中から見ているみたい。つまらない。もう目の前の先輩が何を言っているのかすら聞こえない。あーあー。つまらない。

いつまで経っても理解しようとしない私に痺れを切らした一人の先輩が物凄い形相で声を荒げた。


「そんなに髪の毛短くしたくないなら辞めれば?!」


私は大きな声にびっくりしたけれど、この訳のわからない暗黙の了解とやらに付き合わされなくて済むならそれでいいと思った。はじめから注目されていたこの呼び出しだが、その大声で周囲の人たちが徐々にこちらに意識を向け始めたからか、先輩たちが気が立っている先輩を宥めようとしている。ちょっとそれは言い過ぎなんじゃ…とか言ってるわりに周りを窺っているのはいじめだと思われたくないからだろう。その辺りまで頭が回るなら平和だ。

じゃあ、辞めます。

私の静かな、でも確かな声に先輩たちが驚いたようにこちらに注目した。聞き耳を立てているだけで助けようとしなかった周囲の人々の視線もこちらに向く。みんな目の前の彼女らと同様に驚いている。そりゃそうか、入部して1週間も経たないうちに控え入りしたメンバーがあっさり辞めるとなればびっくりするのも当然だ。
私はなんと言葉を発していいか悩んでいる先輩たちに会釈をし、背を向けてさっさと体育館を後にした。

いつもなら自主練をするのでもう少し帰る時間が遅いのだけれど、今日からもうやらないので早々に帰路につく。男子バレー部が使っている体育館に向かい、飛雄を呼び出して先に帰ることを伝えて学校を後にした。ちなみに飛雄はもう少し練習していくとのことだったので先に一人で帰った。
…部活を辞めるということはもう飛雄と一緒に帰る機会はとうほとんどないということだということに今更ながら気づいた。まあ家が隣だし窓から侵入できるのであまり心配はいらないけれど。少し寂しくなった。

家に帰ってお母さんに部活を辞めることを告げると残念そうな顔をしていた。けれど、先ほどの出来事を伝えれば何も言われなかった。申し訳ないとは思ったけれど、少し微笑んで何も言ってこなかったのを見るに、私の好きにさせてくれるらしいのでそうさせてもらう。

それからご飯を食べたりお風呂に入ったり宿題をしたりして時間が過ぎていった。空気の入れ替えをするために窓を開けると、飛雄の部屋の電気が付いていた。どうやら帰ってきたらしい。少しの間ぼんやりと飛雄の部屋から溢れる光を見つめていると、飛雄が顔を出した。
やるぞ。
そう口パクをした飛雄に頷いて玄関へ向かった。


暫く飛雄と無言のパスが続く。彼のトスは(レシーブもだけど)とても綺麗で、乱れることは滅多にない。でもそれ以外はからっきしなので、本当にバレーをするためだけに生まれてきたようなものだ。飛雄にはセンスがある。それに何度も嫉妬したし劣等感も感じた。けれど、どんなに頑張ったって飛雄のバレーへの情熱や技術には敵わないと心の奥底から理解してからは尊敬の念が生まれた。一周回って悟りでも開いたみたい。
一人劇場を繰り広げていると飛雄が名前を呼んだ。パスが止まり、胸元で両手でボールを持った飛雄が私をしっかりと見つめている。


「なんか、変だ」


飛雄はバレーに関していえばずば抜けた才能を持っているが、その代わり勉強ができない。人の気持ちを考えるのも苦手だし、コミュニケーションをとるのも下手だ。でも変なところで勘が鋭くて、気づいて欲しくないことに気付く。そんなところが苦手だった。今回も例に漏れず、そのパターンだ。
飛雄の青みがかった黒目に見つめられると、その野性的な直感で見抜かれてしまいそうで嘘がつけなくなってしまう。話す必要はないけれど、目が雄弁に語っている。言え、と。そしてその目が私に言わせるのだ。
私は飛雄に逆らえない。…元より逆らおうなんて思ってないけど。


「…部活辞めた」


お母さんに言うより、飛雄に言う方が緊張した。だって飛雄のバレーへの情熱は人一倍…3倍くらいは強いから。罵倒されるのでは、見放されるのではと怖くて顔を背けて唇を噛み締める。ちらりと飛雄を窺うと、やはりびっくりしているようだった。けど、何で、と淡々と問うてきた。もっと感情的になるのではと危惧していたので呆気に取られつつ答える。


「髪。短くしろって言われた」

「それで」

「髪の毛が短くても技量は変わらないし…くだらないと思った、から」


飛雄は空を見上げた。何を考えているのかは分からない。
一方私は、飛雄の姉の美羽ちゃんを思い出していた。美羽ちゃんも髪を切れと言われて部活を辞めた。それを彼氏に下らないと言われたと、おじいさんの一与さんに愚痴っていた。一与さんは美羽ちゃんに彼氏がいたことにショックを受けていたようだけれど、「自分の一番大事なことは自分が一番わかってる」と言っていた。私は退部の意志を表明するあの瞬間、その言葉に背中を押されたのだ。もう数年前の出来事だ。
当時の思い出に浸っていると、飛雄の声で現実に引き戻された。


「もったいないな」


思ってもみなかった言葉に聞き返した。飛雄は何とも思っていないような、至極当然のような顔をしている。


「バレー上手いのに、もったいない」


意外だった。飛雄が私のことを上手いと思っていてくれていたことが。何より、私のことを見ていてくれたことに。
呆然とする私に、飛雄が明日入院中の一与さんのところに行くことを提案した。もちろん明日も飛雄は部活があるので一緒には行けないけれど。多分、部活を辞めたことを一与さんに伝えてほしいと思っているのだと思う。もちろんそのつもりでいたけれど、まさか飛雄から提案するなんて。
なんだかじーんと胸が熱くなった。

その後は何事もなかったかのように、私のお母さんが呼びにくるまでパス練をした。



翌日、バレー部の顧問に退部届を提出した。先生は残念そうな顔をしていたけれど、複雑そうな顔をしていたので多分髪を切るという古くさく無意味なしきたりに賛成なのだと思う。暗に、従えないなら辞めろ、と言われているような気がして、辞めたことに後悔の念はわかなかった。
放課後、ホームルームを終えた私は飛雄に一与さんのお見舞いに行くことを伝え、足早に学校を後にした。

一与さんに会うのは久しぶりなわけではなく、割と最近飛雄と2人で来たばかりだった。飲み物とちょっとしたお菓子、暇つぶしのクロスワードの載った週刊誌を買って訪ねると、一与さんはいつも通り明るく迎え入れてくれた。
部活を辞めたことを伝えると、一与さんも何も言わなかった。少しの間何かを考えてから私に質問した。


「一つ確認なんだけど、なまえちゃんはバレーを嫌いになったわけじゃないんだよね?」

「うん。ただ髪を切れっていうことに納得がいかなかっただけ。バレーは好き」


そう言えば一与さんはにっこり笑って良いことを教えてくれた。


「それなら、町内会のバレーチームでバレーを続けてみたらいいんじゃないかなぁ。なまえちゃんはバレーが上手だし、ここで辞めるのはもったいないよ」


一与さんは机の上にあったペンを握ってメモ帳にサラサラと何かを書いた。それを覗き込むと、その町内会チームの名前と思われるもの、やっている場所や時間、そして最後に依頼の文言と一与さんの名前が書かれていた。それを私に差し出して「バレーの楽しさを忘れないで」と笑った。その言葉に胸がギュッと締め付けられ、悲しくもないのに涙が出そうになった。そんな私に気付いたのか、一与さんは私の頭をわしゃわしゃと撫でた。
その後は他愛のない話を少し交わして、なんとなく一与さんの体調が良くないように見えたのですぐに帰ってきた。

帰りの道中では、一与さんから受け取ったメモを何度も確認しながら帰った。


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