素直って時には怖い
ゴンくんがウイングさんに試合をするなと言われていたのにも関わらず、試合をしてしまった。そして、全治2ヶ月の怪我を負ったと聞いたあと。 わたしは1人、ゴンくんのお見舞いに来ていた。
「こ、こんにちは。怪我の回復は順調ですか?」
パチリと目を開き、にっこりと笑うゴンくん。傍には座禅を組みながら目を閉じていたキルアくんがいた。
「カナデ!お見舞いありがとう!」 「いえ…!ゴンくん、思ったよりも元気そうでよかったです。全治2ヶ月と聞いたときは本当に驚きました…。」 「まあ、それ嘘なんだけどな。」
キルアくんがぼそりと呟くように言った言葉が聞こえる。思わず聞き返したわたしに、ゴンくんが説明をしてくれる。
「実はね、全治4ヶ月って言われてたんだけど、キルアが嘘ついてくれたおかげでその分念の修行も早く出来そうなんだ!」 「え、ええ…と、なんというか、そんなに早く念の修行がしたいんですね。」 「うん!だって、すごく楽しそうだから!」
わたしは修行を思い浮かべる。体力の続く限り筋肉トレーニング、走り込み、組手、そして纏。精孔を何度も開いてもらっているのにうまく纏が出来ず、卒倒する自分の姿。 楽しいかどうかは甚だ、疑問である。
「楽しそう、なんでしょうか…。」 「ゴンは、『なんか不思議な技使える!ヒソカにプレート叩き返せるかも!』くらいにしか思ってねーから本気にすんな。」
首をかしげたわたしに、キルアくんが呆れたような声でそういった。確かに、と少しだけ納得してしまった。 そのとき、壁時計が鳴り出す。時刻は12時。ちょうどお昼の時間だった。
「あ、お昼の時間だね!キルアーご飯ー!なんか用意してー!」 「えーめんどくさいんだけど。いっつもお前、文句言うじゃん。」 「だって、キルア自分だけ美味しそうなの食べてるんだもん!ずるいよー!」 「用意してもらってるだけありがたいと思えよ!」
そう言いながら、キルアくんは台所へと姿を消す。わたしはゴンくんにどんなものを食べているのか尋ねてみた。
「え?そうだなあ。だいたいはデリバリーだよ!キルアはピザとかパスタとか食べてるのに、オレにはおかゆとかおにぎりとかしてくれないんだよ!ひどいよね!」 「…キルアくんなりに、病人のゴンくんに体に優しいものを頼んでいるのかもしれないですよ。」 「そんなことない!絶対嫌がらせだよ!」
憤慨するゴンくんの言い分はおそらく合っている。予想だが、試合を止めたのにも関わらず、勝手に試合をして、全治4ヶ月の怪我をして、心配させた罰なのだろう。あとは、悔しがるゴンくんが面白いから。自分で考えながら、何故だかキルアくんらしいと思ってしまった。 少しして、キルアくんが姿を現す。手には、カップラーメン。
「ほい。お前のお昼ご飯。」
にっこりと効果音がつきそうなほど、綺麗に笑顔を作り、ゴンくんの目の前に差し出す。
「え、カップラーメン!?」 「そ。たまには別のもの食いたいって言ってたから、リクエストに応じてやったんだよ。」
そう言いながら、キルアくんは扉の方へ歩いていく。ドアノブに触れてすぐ、くるりとこちらを向き、再び笑顔を作る。
「感謝して、“美味しく”食べろよ。」
じゃな、と言い、手を軽く振って出て行ってしまった。 残されたわたしとゴンくん。部屋には沈黙が訪れ、わたしはゴンくんを見やる。カップラーメンを見つめるゴンくんから、哀愁漂っていた。 ゴンくんは右利きである。もちろん、箸も右利き。カップラーメンをベッドで食すには、まず左手でカップを持ち、右手で橋を持つ必要がある。ここで言っておきたいのは、ゴンくんは右手を骨折している、ということだ。
完全に、キルアくんの嫌がらせである。
ゴンくんがしょんぼりと落ち込んでいるのを見て、わたしはどうしたらいいのか戸惑う。ご飯を作ってあげたいのは山々だが、おそらく食材がない。それに、ゴンくんの手にしたカップラーメンをどうするかという問題もある。 思考を巡らせるわたしに、ゴンくんが急に声をかける。
「カナデ!まだ時間ある!?」 「え!?え、えと、少なくとも15分くらいは…。で、でもそれがどうか…。」
しましたか、と尋ねる前に、ゴンくんのいい笑顔を見て、既視感を抱く。 わたしが食事をすることもままならない状況。じゃあどうやって食事を取るのか。ゴンくんがわたしにとった行動は。
「カナデ!オレにカップラーメンを食べさせてよ!」 「え、ええええええええええ!?」
思ったよりも大きな声が出た。なんとなく察していたところもあったが、そうあっさりと言われるとは思っていなかった。 わたしがゴンくんにご飯を食べさせる?箸を使って、ゴンくんがしてくれたように口元まで持っていて…。 そこまで考え、思考回路がショートした。全身が燃えるように熱くなり、心臓がばくばくと大きな音を立てて脈を打ち始める。
「え、えと、待ってください…!わたしが、ゴンくんに…その…。」 「うん。あーんってやって?」
首をかしげて上目遣いで尋ねてくるゴンくん。おそらく無意識にやっているのだろうが、とてつもない破壊力があった。次第に顔まで熱を帯びて赤くなっている気がした。それほどゴンくんがとても可愛かったため、少しだけ揺らぎそうになったが、そういう問題じゃないとわたしは心を鬼にした。
「だ、ダメです!そ、そんなこと、できません…!」 「えー?オレ、ご飯なしになっちゃう…。」 「他の物、買ってきますから…!」
唇を尖らせ、じっとわたしを見つめたあと、手元のラーメンをじっと見つめる。ゴンくんは何も行っていないが、食べたいというオーラがとても伝わってくる。
「ラーメン…。」
ぼそり、と呟くように言ったあと、そろりと視線をわたしに戻す。再びあった目は、涙を浮かべて光を反射してきらきらと輝いていた。瞬間、頭の中に子犬が餌をねだっている姿が浮かぶ。
「ラーメン…。」 「えと…。」 「ラーメン、食べたいな…。」
じっと見つめられながら何度も言われ、気がついたらわたしは白旗を上げていた。
「わ、わかりました…食べさせれば、いいんですよね?」 「うん!ありがとうカナデ!」
喜ぶゴンくんを前に、わたしは目を閉じて何度も自分に言い聞かせる。あくまで箸でラーメンを掴み、口元まで持っていく。ただそれだけの行為であって、それ以上ではない。特別な意味はない。 箸を持ち、わたしは麺を掴む。持っている手がとても震えているのが目に見えて分かった。わたしは自分が思っている以上に緊張していたのだ。
「カナデ、あーんって言うんだよ?」 「い、言えません…。」 「……。」 「…わ、わかりました!わかったのでそんな目で見ないでください…!」
ゴンくんの1言で、せっかく掴んだ麺を落としてしまった。何度か落としながらも、ようやく麺を掴み、そっと口元まで持っていく。さあ、ゴンくんの言っていた通りの言葉を口にしろ、わたし。
「あ、あー…。」 「…。」 「ご、ゴンくん!あ、あーん…!」
ぱくりと口に含み、ちゅるちゅると麺をすするゴンくん。もぐもぐと口を動かし、にこにこと笑顔を浮かべるゴンくん。
「おいしいよー。」 「…それは、よかったです。」
謎の脱帽感に襲われ、わたしはうつむいたまま答える。たったあれだけのことしかしていないのに、どっと疲れてしまった。もう2度とやりたくないと思った。しかし、
「カナデ、2口目!」
ゴンくんの元気な声が聞こえた。わたしは今出せる全力で、
「もう無理です!」
と叫び、全力でゴンくんの部屋を後にした。走りながら、頬に手をやる。冷たかったはずの手に、頬の熱が移り、次第に手も熱くなっていく。1度帯びてしまった熱は、元に戻らなかった。 後日、わたしはキルアくんに連絡を取り、ご飯を作りに行くからゴンくんが1人で食べられるものを用意して欲しいと必死にお願いしたのだった。
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