27.5 | ナノ
喧嘩した。不愉快なことがあった。ひどいことを言った。
結果、とても気分が悪い今日この頃。
case.27.5
「なー、最近幸村くんすげぇ機嫌悪くね?」
「それ俺も思ってたっス…すっげぇ怖いんですけど」
「彼女と別れたらしいという噂が流れているが」
「それ俺も聞きました!本当なんスかね!?柳先輩どう思います?」
「今真相を突き止めているところだ」
「にしても怖すぎだろぃ。本当、誰かなんとかして」
ドアの向こうでは、丸井+赤也のうるさいコンビになぜか柳までまざって俺の話をしている。小声で話してるつもりなのかもしれないけれど、まず丸井も赤也も地声がでかいから二人揃うと外に筒抜けだ。
お構いなしに俺は部室のドアを一気に開ける。と、中で喋っていた三人がこちらを見て固まった。(固まったのは丸井と赤也だけだけれど)
「噂話で盛り上がる暇があるなら、その分外周でも行って来たら?」
「うっ…!ほ、ほら丸井先輩っ、行きましょ…!」
「分かってるよ…!じゃあ俺ら先に行ってるぜぃ!」
笑って言ってやったら、丸井と赤也はそそくさと部室を出ていった。まったくあいつらは。
残された柳は何が言いたげな表情で俺を見る。どうせ噂のことだろう。柳のことだろうから、真相を突き止めたいってとこか。
「悪いけど、柳が期待してるようなことは何もないよ」
「そうなのか?面白い話が聞けると期待してたんだがな」
「残念ながら、別れてないから」
「ふっ…だろうな」
それだけ言って柳はサラサラとノートにペンを走らせてから、部室を出ていった。まったく、もう。何でこんなに面倒くさい噂なんて流れてるんだ。まあ原因は分かりきっているんだけれど。
事の始まりはあの体育の時間。倒れた彼女を運ぶためとはいえ、ちょっと目立ちすぎたかなとは思った。そして案の定俺の周りにはまた女たちが群がってくるようになった。彼女がいるって分かってるはずなのにお構いなしによって来る子たちのことだ、俺が突っ撥ねたら矛先は絶対に彼女の方へ向くと思った。似たようなことが彼女と付き合い始めた当初にもあったし。だから俺は上辺だけで接して、気が収まるのを待つことにしたのだ。そして俺の周りに女がいることで彼女を心配させたり、嫌な思いをさせていないか心配だったけれど、彼女は全然気にしていないと言ってくれた。
なのに、
「あれ、幸村しかおらんのか」
「仁王…」
部室に入ってきたのはまさに口論の原因となった男、仁王だった。俺のいない間に彼女に近づきやがって。何考えてるんだ。と、思わず怒鳴りたくなったがとりあえず平静を保つ。
仁王は気怠そうにロッカーを開けて着替え始めた。仕方ないので俺も仁王に続いてロッカーを開ける。制服を脱ぎながら、仁王は思い出したように言った。
「そういえば、面白い噂聞いたんじゃけど」
「…言っておくけど、別れてないから」
「なーんだ、やっぱり噂か。残念じゃなあ」
「は?」
残念、って。もうなんなのこいつ。俺、本当にキレそうなんだけど。
「あのさ、お前俺の彼女にまで手出そうとしてんの」
「なんじゃ、余裕ないんか。珍しい」
「俺のことからかってんならいい加減にしろよ。本当に怒るから」
「からかってなんかないぜよ」
「…じゃあ、本気?」
仁王の切れ長の目と、視線が合う。もし本気だとしたら。本気で俺から彼女を奪おうとしていたら。
彼女を他の男に渡す気も、仁王に負ける気もまったくなかったけれど、なぜだか少しばかり焦りを感じている自分がいた。
「本気、かは分からんが興味はある」
「は…?」
「あの神の子が本気になっとる女なんてどんないい女かと思いきや、小動物みたいなちっこい女じゃし」
「なにそれ喧嘩売ってんの」
「んなわけなか。別に本気で奪ろとは思っとらんけど、俺の言葉で表情がくるくる変わるのは見とって面白いと思う」
それを喧嘩売ってるって言うんだけど。とは言わなかった。冗談なのか本気なのかよくわからないような表情でそう言うから。本心が掴めない。そして、本当に意味が分からない。この分だとこの前も彼女は何か言われたに違いない。
面倒くさい男に目付けられたものだ、本当に。ただでさえ問題が山積みだというのに、仁王にまで目を付けられたなんて。まあ彼女は誰にも、例え仁王にさえも渡すつもりはないのだけれど。