blue days | ナノ
「美桜ー、卵買ってくるの忘れちゃったから買いに行ってくれない?」
「えー?もう、しょうがないなぁ」
お母さんに頼まれて渋々家を出る。
日が長くなり、19時近くなった今でもまだ少し明るいくらいだ。自転車に乗って生温い風を感じながら走る。スーパーよりも駅前のコンビニの方が近いからコンビニでいいや、卵高いけど。なんて思いつつ自転車を走らせると、すぐに駅前へと着いた。
自転車を止めて店内へ入る。冷房が効いているのか、ひんやりとした空気が気持ちよかった。卵を手に取り、ついでに発売したばかりの雑誌と新製品のチョコレートも一緒にレジへ持っていく。会計を済ませて外へ出ると、再び生温い空気が額にじんわりと汗を滲ませた。
自転車のカゴに袋を入れながらふと駅の方を見ると、このコンビニへ向かって歩いてくる一人の姿が見えた。一気に汗が吹き出すのを感じる。
「ゆ、幸村くん…!」
思わずその名前を口にすると、私に気付いた彼は一瞬驚いたような顔をした後にこりと笑って近付いてきた。部活を終えた後なのだろう。以前見た時のように少しだらしない制服の着方にドキドキしてしまう。
「佐倉さん、偶然だね。買い物?」
「う、うん。幸村くんは部活帰り?」
「うん、そう」
「お疲れさま」
「ありがとう」
私の言葉に彼は綺麗に笑う。その笑顔を見て、あぁ好きだなぁ、なんて漠然と思う。一度確信したらあとは驚くほど速かった。
そんな私の気持ちは露知らず、彼は更に言葉を続ける。
「佐倉さんもう帰るんだよね?」
「え?うん…」
「じゃあちょっと待ってて、買うものだけ買ってくるから」
「え…?」
「送ってく」
「え!や、大丈夫だよ!自転車だし!」
「前も言ったと思うけど、女の子だから危ないって。送らせて?俺がそうしたいから」
「う……ありがとう…お願いします…」
「ん、じゃあちょっと待っててね」
満足そうに笑ってそう言うと、彼はコンビニの店内へと入っていった。残された私は自転車に寄り掛かるようにもたれかかり、大きく息を吐く。顔も、全身も熱い。彼のことを好きだと自覚してから初めて会った上に、あんな言葉で女の子扱いをされてしまってはもうどうしていいのか分からない。きっと言葉通りの意味で他意はないのだろうし、彼は女の子の扱いなんて慣れているのだろう。けれど単純に嬉しくて、例えそれが私以外にも向けられている優しさだとしても幸せを感じずにはいられなかった。
「おまたせ」
「あ、うん!」
「じゃあ帰ろっか」
「ごめんね…お願いします…」
「ふふ、それさっきも聞いたよ」
彼と二人並んで歩き出す。あろうことか彼は自転車まで引いていってくれると言ったけれど、さすがにそれは丁重にお断りした。
彼が隣を歩いているというだけで、無条件で身体が熱くなるのを感じる。しばらく緊張で何も話せないでいると彼が口を開いた。
「佐倉さん、ラフな格好してるね」
「え?」
「制服しか見たことないから新鮮だ」
彼が目をやった私の服装。家に帰ってお風呂に入ったから、完全に部屋着だ。しまった!どうしてこんな格好で出てきたんだ私!と今更ながら後悔する。彼に会うと分かっていたらもっとまともな格好をしてきたのに。
「お風呂入ったあとだから…普段はもっとちゃんとしてるよっ!」
「あははっ、必死だ」
「だって恥ずかしいし…」
小さく呟いた声はしっかりと彼に届いていたらしく、なぜだか楽しそうに笑われてしまった。彼って結構笑い上戸だと思う。そんな彼の笑顔を見て、私も頬が緩むのを感じた。
しかし次に彼が口にした言葉に、一気に鼓動は加速する。
「ふふっ…でも、だからか」
「え…?」
「佐倉さんから何かいいにおいするなって思ってた」
「なっ!え!?な、何言って…!」
「シャンプーのにおいかな?」
そんな、笑顔で言われても。彼は私をからかっているのだろうか。急にそんなことを言われてもただただ照れることしかできない。
日が沈んで、暗くなっていてくれてよかった。きっと今私の頬は真っ赤に染まっているだろうから。こんな顔、見せたくないから。