blue days | ナノ
彼が笑うと嬉しい。そんな風に思う日がくるなんて考えもしなかった。
どうやら肝心な部分は聞かれていなかったらしく、私の心の奥底にある気持ちはまだ気付かれずに済みそうだった。安堵からか、彼の笑顔を見ると思わず私も笑えて来てしまう。
けれど彼の笑顔もしばらくすると曇り、今度は少しばかり深刻そうな表情で口を開いた。
「あんな風に言うってことは、誰かに何か言われた?」
「え…?」
「言い辛いなら言わなくてもいいよ」
「あ…え、っと…」
「最近佐倉さんと居ること結構あったし、ちょっと心配になっただけだから。でも大丈夫そう、かな」
「そんな心配なんて…ごめんね、大丈夫だよ!」
「……ん、分かった」
嫌なことを言われたわけじゃない。あの子も、そして他の子も皆真っ直ぐに幸村くんのことが好きなのだ。それを痛感して自分の気持ちにちゃんと向き合うきっかけとなった出来事を、そしてあの子の気持ちを彼本人に簡単に伝えてはいけないような気がした。
深くは追及しなかった彼も私の言葉で納得してくれたらしく、また優しい笑顔へと戻った。
「でもさ、本当に嬉かったよ。ありがとう佐倉さん」
「や、そんな…」
選ぶのは幸村くん本人だと思ったから。
そんな本音を小さく口にした。風が木の葉を揺らす音で掻き消されるくらい、小さな声で。案の定彼には聞こえておらず「え?」と聞き返されたけれど、もちろん笑顔で誤魔化した。
「ふふ、変な佐倉さん」
ドキリと心臓が鳴る。そう言って笑った彼の表情があまりに優しくて喉の奥の方がきゅっと締め付けられるような気がした。そんな私の気持ちに気付いているのかいないのか、彼はさらに追い討ちを掛けるようなことを言い出すのだ。
「でも、」
「?」
「佐倉さんは本当にいい子だね」
「へ?」
「…佐倉さんに好きになってもらえる奴は、幸せだろうね」
「……え?」
小さな声だった。けれど確かに私の耳まで届いて、彼の小さいけれど透明な声が鼓膜を震わせた。彼は一瞬ハッとし、すぐに気まずそうに視線を逸らした。
「…あー……いや、ごめん」
「…や、あの…ううん…」
「…じゃあ、俺行くね」
「あ、うん!」
それまでの彼の笑顔なんてどこへ行ったのか分からないほど、神妙な面持ちで彼は去っていった。
一人残された私はその言葉の真意を図りかねて、しばらくぼーっと立ち尽くしていた。けれどよく考えたら今までの関係からは考えられないようなことを言われたと思う。
佐倉さんに好きになってもらえる奴は、幸せだろうね。
――って、何それ、どういう意味…!?
意味が分からないけれどなぜたが鼓動が激しくなる。何とか教室まで戻ってお昼ご飯を急いで食べたけれど、パンの味なんて全くと言っていいほど分からなかった。